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2007年5月19日 (土)

霊巌洞

今日は宮本武蔵の命日だそうです。

正保二年五月十九日がその日ですが、もっともこれは旧暦なので、現在の暦(というかグレゴリオ暦)に置き換えると、1645年6月13日に相当するそうです。

だとすると、その年の今日は、死を前にした武蔵が、霊巌洞に参籠していた頃にあたるでしょうか。

宮本武蔵遺蹟顕彰会による宮本武蔵の伝記、いわゆる顕彰会本によると、同年四月十三日(グレゴリオ暦で5月8日)に当時の肥後藩主細川家の家老に書状を送った後、武蔵は熊本郊外の雲巌禅寺の霊巌洞へ籠り、そこで死を迎えようとしていたと言います。
その噂を聞いた家老の長岡寄之が鷹狩りにかこつけて霊巌洞を訪ね、屋敷に帰るように促し、武蔵もそれにしたがって帰宅します。

霊巌洞には、私も数年前に足を運んだことがあります。
武蔵がここで「五輪書」を書いたとか、上記のように死期を悟ってここに籠ったとか、そういう話を知った上で行ってみると、そんな話が嘘のように意外なくらい狭い所でした。
洞窟というより、山の窪みといった感じ。
間口が大きい割りに、奥行きが無く、強い風雨にあえば、すぐに雨が吹き込んできそうな所でした。
実際、私が訪ねたのは九州を台風が直撃した直後の台風一過の晴天の時でしたが、洞内は雨が吹き込んだか、ジメッとした感じでした。

しばし座禅を組むには適していると思いますが、ずっと籠って何かをするのは無理ではないか、そんな気がしました。

本当のところは分かりませんが。

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