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2007年5月 6日 (日)

掛け軸類

再び≪秘蔵コレクション展――吉川英治じゃない吉川英治記念館≫について。

今回は、常設展示室の一部も企画展に使用しています。

普段吉川英治の掛け軸を展示しているショーケースには、吉川英治以外の人の掛け軸を展示しています。

吉川英治の旧蔵品としては新井洞厳・磯野霊山のものを展示しています。

新井洞厳は慶応2年(1866)に現在の群馬県吾妻町で生まれた南画家で、昭和23年(1948)に没しています。
明治25年生まれの吉川英治とは年齢は離れていますが、親交があり、没後に刊行された「洞厳風雅集」という洞厳の絵と漢詩と伝記をまとめた本の序文は吉川英治が書いています。

そこに英治は、

今にして思へば、まことに稀有なそして真の詩画人らしい詩画人であったと思う。或る期間において翁と親しく風交を得たことを、私は今でも世に遇ひ難い人に遇ひ得た貴重な思い出として胸にのこしている。
(略)
その生活、その詩画境、そして東洋的な宇宙観と人生の愉しみ方を、市井の一隅に渾然と、いや黙々と完成し澄まして、音もなく世を去った。ほんとの南画人らしい日本の南画人は翁を最後として、もういまの世間には見当らなくなったと私は思っている。

と書いています。

現在、旧吉川邸母屋にかけられている扁額「草思書屋」の書も新井洞厳によるものです。

現在は「霜柯翡翠図」と「山居深趣図」の2本を出していますが、後半(6月5日~)には別のものに変える予定です。

新井洞厳も、あまりご存知の方はいらっしゃらないと思いますが、一方の磯野霊山はさらに名前の知られていない画家だと思います。
吉川英治も≪霊山≫が何者かもよく知らないまま、何となく作品を蒐集し始めたようです。

しかしながら、その作品に触れて、画境に心惹かれ、後には「霊山子片想」などという随筆も残し、

水墨の自由と玄味をあれほど画精進ににじみ出してみせた芸術家は、近代画家中において、磯野霊山を第一に推してもいい

とまで評価しています。

現在は「ねぎの図」を展示していますが、これも後半には別のものに替えるつもりです。

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