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2007年6月 1日 (金)

続・横浜散歩-番外編

さて、遊行坂を登りきったところで、今回の散歩の基礎的な部分を確認するため、途中ですが、番外編を挟みます。
昨日「あとで詳しく見ます」と書いた吉川英治の幼少時の居住地についてです。

自叙伝「忘れ残りの記」から、関連する記述を順に抜き出してみます(ページ数は吉川英治歴史時代文庫のもの)。

ぼくの生れた当時の両親は、横浜の根岸に住んでいた。その頃はまだ横浜市ではなく、神奈川県久良岐郡中村根岸という田舎だった。家の前から競馬場の芝生が見えたということである。
(略)
この辺の地主で、亀田某という人の借家に住み、それが縁で、亀田氏のすすめから、ぼくの両親は、一つの生活にありついていたらしい。(P22)
けれど、父が横浜へ出て来たのは、もともと、そんな志ではなかったから、ぼくが四歳の末頃にはもう家もモンキの坂とよぶ横浜石川町辺に移り、父は港町の魚市場の書記に通っていた。(P31)
すると母はこう云った。
「それは、うちがモンキの坂に住んでいた頃なんだろうね。石垣の上に玄関があって、以前、異人の牧師さんが住んでいたから、ふつうの日本家屋なんだけれど、窓なんか洋風に青ペンキが塗ってあったりしたからね」(P35)
ぼくの家はよく引っ越した。青い窓の家から、もっと坂の上の、そして前より広い家へ移った。
門を並べて、すぐ隣は、郵船会社の小沼さんだった。(P41)
この小沼夫妻の隣家にも、長くは居なかったようである。こんどは少し遠くへ越して行った。山手の植木会社の裏門前で、何万坪もある植木畑や花畑に垣一重なので、広い庭園の中にあるようだった。(P42)
家はまた引越した。山手通りの俗に桜並木とよばれる植木会社の表門通りから、遊行坂の降りへかかる坂の降り口で、座敷にいても庭越しに、横浜市街が一望に見えた。(P57)

この後、横浜市街を挟んで反対側と言える南太田に転居するので、根岸周辺での転居は以上です。
まとめるとこうなります。

1)亀田某の借家=生誕
2)モンキの坂(猿坂のこと)の青い窓の家=4歳
3)モンキの坂の上の小沼家の隣家
4)植木会社の裏門前=7歳以前
5)遊行坂の途中

文庫の巻末には吉川英治の「自筆年譜」が収録されています。
そこには以下の記述があります。

明治二十五年(1892)
八月十一日。神奈川県久良岐郡中村根岸に生る。(略)当時、根岸競馬場附近に住み(以下略)
明治二十九年(1896) 四歳
(略)家も山手町横浜植木商会の園内に移転。(以下略)
明治三十二年(1899) 七歳
(略)家庭、山手通り遊行坂上に移る。(以下略)
明治三十四年(1901) 九歳
家、南太田清水町一番地へ移転。(以下略)

本文中にあった(2)(3)については記載がありません。
しかも、横浜植木商会の家に移ったのが4歳になっており、時期に食い違いがあります。

さらに別の資料があります。
「横浜今昔」(淵野修編 昭和32年 毎日新聞横浜支局刊)に収録された『忘れられぬ風物詩』という文章では、こう書いています。

十九才のときまで横浜ですごした私のまぶたにいまでも鮮明に残っているのは俗に山手の桜並木といわれた通りにあった横浜植木会社の花園だった。明治三十二年ごろから私が七才から九才まですごした家はその花園の裏門の前にあった。

これだと、横浜植木商会の家に移った時期は本文と合いますが、(5)の存在が抜け落ちています。

さらにややこしいことに、昭和13年に行った『横浜と私』という講演の中では

私の生れましたのは、植木商会の中の、輸出するための百合根や躑躅ばたけのある、その中の一軒の住宅でありました。

と述べています。
これでは、本文の(1)(2)(3)よりも前に(4)が来ることになってしまいます。

こうなってくると、狭い地域のことでもあり、そもそも本文に出て来る(1)~(5)は、本当に全て別々の家のことなのかすら疑いたくなります。

結局のところ、吉川英治が自分の記憶だけで書いていることなので、どこまで正確なのかは確かめようがありません。

客観的な記録がないわけでもありません。

それは蓮光寺に残る過去帳です。
蓮光寺に保存されている墓石を一昨日紹介しましたが、明治24年にこの墓を建てる時に記載された過去帳には、その時の吉川家の住所が「山元町二丁目十八番地」と書かれているそうです。
ただし、これは吉川英治の生まれる前年なので、生れた時にもここに住んでいたという保証はありません。

厄介な話です。

ただ、いずれにせよ横浜植木商会と一体と言えるような場所に住んでいたことだけは、間違いないのでしょう。

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