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2007年6月 8日 (金)

与謝野鉄幹

先日書いたように、企画展「秘蔵コレクション展――吉川英治じゃない吉川英治記念館」の展示を一部入替えました。

入替えたもののひとつが、与謝野鉄幹・晶子夫妻と中沢弘光による「平家物語帖」ですが、この中の与謝野鉄幹による序文について、吉川英治は

(略)特に、私が小説として『新・平家物語』を書く気になった意図と、鉄幹氏の序文の平家観とに、一つの共通点もあって、うれしかった。

と「机のちり」(「随筆新平家」所収)に書いています。
その随筆にも引用されていますが、では、その序文とはどういうものか、ここに転載してみます。

祗園精舎の鐘の声と打ち出したる平家物語を一貫せるは、悲劇の調なり。世は移れども、人間栄華の執着に伴ふ憎悪怨念の陰影は、千載のもと、ますます深刻を加ふ。大正の詩人と画家とが、この一巻を作れるもまた、之によりて、自家中心の平家物語を描くものにあらずや。

人の世のこのことわりのかなしさよ
憎まずしては愛しがたかり

恨むらくは、驕るもの必ずしも亡びず、正しきもの必ずしも栄えず、この道理の顛倒をいかにかせん。之を思ふとき、吾等の悲哀は長しと云ふべし。

新しき心をもちて悲しくも
平家の人のごとくただよふ

世に住めど大原山のここちして
淋しき花をひとりつむかな

大正八年暮秋
           与謝野寛

どうお感じになるでしょうか。

「平家物語帖」では、この全体を二つに分け、「~正しきもの必ずしも栄えず」が表面、「この道理の顛倒をいかにかせん~」が裏面に貼り込まれています。
現在は後半部分が見えるように展示しています。

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