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2007年6月19日 (火)

「本伝御前試合」と霜田史光 その(1)

一昨日、今は絶版だがまだ当館に在庫がある作品として「本伝御前試合」という作品を挙げました。

吉川作品としてはあまり聞きなじみのない作品名だろうと思うのですが、10年前に「吉川英治の知られざる作品発見」といった感じで新聞記事にもなったことがあるのでご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。
単行本化されたのもその年で、その在庫がまだ当館にある、ということなのです。

「寛永武鑑 本伝御前試合」は、講談社発行の雑誌『富士』の昭和4年1月号~5年2月号に連載され、未完のまま中絶してしまった作品です。
その雑誌掲載時の作者名は≪霜田史光≫。
この≪霜田史光≫が、この作品でのみ名を知られる架空の人物であれば、吉川英治の知られざるペンネームと幻の作品発見となるところでした。
しかし、霜田史光は大正から昭和初期にかけて活動した、実在の詩人・作家だった人物なのです。

では、なぜ実在する霜田史光の名で連載されたものを、吉川英治の作品と判断したのかと言えば、以下の事情によります。

1997年当時、当館の未整理資料の調査中にそれまで見過ごしてきた新資料が見つかりました。
それが「本伝御前試合」の原稿でした。
原稿には署名はありませんでしたが、吉川英治が大正末から昭和初期に用いていた≪吉川英治稿箋≫と刷られたB5版400字詰めの専用原稿用紙に書かれていました。
そして、その筆跡は明らかに吉川英治のものだったのです。

当館には、9回分の原稿が現存していますが、全て吉川英治の筆跡で、他の筆跡による校正の跡もありませんでした。

そこで、吉川英治の作品と判断したのです。

「霜田史光 作品と研究」(2003年 和泉書院)の著者である竹長吉正氏は、この本の中で「本伝御前試合」について

これについては吉川英治の作とする説あり。(194ページ)
吉川英治との合作と言われる。(204ページ)

と書かれています。
霜田史光の研究者としては判断を留保したい、ということなのでしょう。

しかし、原稿の状況から言って、吉川英治の関与がないということはありえません。
ただ、原稿は全回揃ってはいないこと、特に連載第1回の原稿が当館には無く、未発見であることから、合作説の可能性は皆無とは言えません。
とは言え、連載11回(14ヶ月連載されたが途中3回の休載があるため)のうち9回分の原稿が吉川英治のものである以上、合作であったとしても大半は吉川英治が執筆したことになります。

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