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2007年7月11日 (水)

熊本(3)

次は、扱う時代がずっと新しくなって、こちら。

「谷干城夫人」

明治10年、西南戦争勃発。
西郷隆盛に率いられた薩摩の兵が熊本に迫っていた。
熊本鎮台司令官の谷干城は、配下の兵が徴兵制で集められた民であることを考慮し、籠城戦を選択する。
戦闘に巻き込まれぬよう熊本城下の市民は避難したが、谷干城夫人の玖満子をはじめ鎮台の将校の夫人たちは良人とともに籠城する道を選んだ。
西郷軍との攻防は一進一退、また援軍も西郷軍の抵抗で熊本に入れず、籠城は長期化。
その間に、身重のまま籠城に加わった与倉中佐夫人の出産と、その与倉中佐の死などの悲劇が生れるが、夫人たちはかいがいしく鎮台の兵たちに奉仕する。
食料の乏しくなった城内で、弾丸の飛び交うのも恐れず食べられる草を摘み、空になったはずの食糧倉庫の屋根裏から土間までさらって兵たちに食料を与えようとする夫人たちの姿は、兵の結束と士気を高めた。
やがて待ちに待った征討総督軍が到着。
熊本鎮台は、ついに西郷軍から城を守り抜いたのであった。

初出は『主婦之友』昭和16年1月号~2月号。

書かれた時期が時期だけに、戦時色を強く感じる作品ではあります。

「吉川英治全集29 梅里先生行状記」(昭和57年 講談社)が最後の単行本化となります。

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