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2007年7月12日 (木)

熊本(4)

続いてはこの作品。

「恋易者」

有明灘に面した肥後細川家の支藩。
船手組の山吹権七が仕立てに出していた軸を受け取りに経師屋に出向くと、藩侯の菩提所である無動林寺から出たという屏風が、絵が不吉だというので解体されかかっていた。
権七がむき出しになった下張りをふと見ると、それは家老の宇土岳翁から無動林寺の先代住職へあてた密書であった。
そこには、前藩主および若君の丹千代を宇土一派が謀殺したことが記されていた。
とっさにそれを剥がした権七は、それを持って細川本藩に訴え出ようとするが、岳翁の配下の手にかかって斬られてしまう。
それを知った権七の弟・舷太郎が遊学中の長崎から戻り、宇土一派の監視の目をくぐって兄の墓を詣でると、近くの農家の娘が、その人の形見だと言って編笠を手渡す。
その翌春。
江戸は、各藩の下屋敷が並ぶ麻布普門院の前に、一人の易者が姿を見せるようになる。
これぞ舷太郎の仮の姿。
ある夜、その一角にある宇土岳翁の屋敷から、その愛人の藤乃が占いを受けに来る。
この機を待っていた舷太郎は、藤乃にある暗示をかける。
数日後、暗示が効いてすっかり舷太郎の意のままとなった藤乃に、舷太郎は岳翁の息子と娘を殺すように命じる。
その惨劇の夜が明け、我が子を殺され慌てふためく岳翁の前に姿を現した舷太郎は、自分こそかつての丹千代、すなわち細川伊予守であると、正体を明かす。
お前の配下に海に沈められたところを権七の父・山吹権左衛門に救われ、権七の弟として今日まで秘かに育まれてきたのだと。
義兄の形見の編笠に隠されていたあの密書は本藩に送ったと告げられた岳翁は、しかし、事が露見したことよりも、己が悪業の代償に娘を死なせたことを悔い、自害して果てるのであった。

初出は昭和11年5月発行の『講談倶楽部』臨時増刊号。

催眠術(と言っていいでしょう)を用いた殺人、というのは時代小説としては斬新な部類だったのではないかと思うのですが、しかし、悪人の愛人を催眠にかけ、その悪人の3人の子を殺させる、という趣向は、ちょっと残忍で何となく後味が悪いですね。

単行本としては「吉川英治文庫129 篝火の女(短編集五)」(昭和51年 講談社)が、今のところ最後です。

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