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2007年7月 3日 (火)

大分(1)

大分県を舞台にした作品は2作品あります。

まずは杵築を舞台とした「さむらい行儀」。

大坪流馬術では5年ごとに京で選抜試験を行い、上位の7人にしか印可を与えない。
杵築藩の馬術師範・奥村則清の息子・敦は前回の選抜に落ち、まだ印可を持たないため家職が継げずにいた。
そこで藩主は、誰でもよいから実力のある者を京に送り出すよう指示し、藩内予選の結果、二十石扶持の軽輩である一柳敬助が敦を破って代表となった。
しかし、貧家の一柳家には京までの路銀を工面する資力がない。
そこで敬助の母は、甥の金井屋十太に金策を頼み込む。
十太は元は武士だが、世の中は金だ、といって大小を捨て、商人になった男。
叔母の頼みにも、かたがなければ金は出せないとの言い草。
元々そりの合わない敬助は、この従兄弟を追い返してしまう。
金の工面のつかぬまま京へ発つ前日を迎えた敬助のもとに、御典医の速見玄斎からはなむけの酒宴への招待状が届く。
招きに応じて出かけた席には、奥村敦や十太も顔を揃えていた。
酒宴の前に他の出席者によって頼母子講が行われていて、その当選金の十二両が、まだそこに置かれたままであった。
酒宴もたけなわとなったところで、当選者の溝口老人が一足先に帰ることになり、当選金をあらためると、十一両しかない。
それを見た敦が、金に困った敬助が取ったのであろうと口汚く言い募ったため、憤激した敬助は敦に斬りかかってしまう。
切腹を覚悟した敬助だったが、彼の事件後の振舞いの侍らしさに感じ入った藩主の許しによって、翌朝の京への出立を許されることになる。
事件の一部始終を黙って見守っていた十太は、同席の一同に皮肉な言葉を投げかけながらも、敬助の妹・お節に二百両もの大金が入った金入れを手渡すと、ぷいっとその場を立ち去るのであった。

初出は昭和13年6月発行の『冨士 夏の増刊号』。
後に『冨士』昭和24年9月号に再録されていますが、この時は「壱両小判」と改題されています。

単行本化は「吉川英治文庫131 松風みやげ(短編集七)」(昭和51年 講談社)の一度だけです。

070704訂正

「吉川英治時代小説傑作選 さむらい行儀・無宿人国記」(平成15年3月 学研M文庫)というのが出ております。
見落としておりました。

hiroさん、ご指摘ありがとうございました。

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コメント

さむらい行儀

学習研究社の学研M文庫の吉川英治時代小説傑作選に
収録されております。
大きな書店ならまだ入手可能です。
私も先月買ったばかりです。

投稿: hiro | 2007年7月 3日 (火) 20時47分

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