« 佐賀(1) | トップページ | 佐賀(3) »

2007年8月 5日 (日)

佐賀(2)

次は「皿山小唄」。

鍋島藩の御陶器方・柴作左衛門は苦悶していた。
将軍家より伊万里の名工・久米勇七を名指しで下命の絵皿百客を、期日間近になっても勇七が焼こうとしないのだ。
ついに、最後の催促のため息子の彦七をともなって勇七の窯を訪ねる作左衛門。
芸術家肌の勇七は、権力づくで刻限を切って良いものを作れと言うのが無法だと嘯き、催促を聞き入れない。
居続けで催促する作左衛門と勇七の間で心を配る勇七の娘・お和歌と彦七は、いつしか恋仲となる。
しかし、相変わらず仕事に手をつけない勇七の雑言にカッとなった作左衛門は、思わず勇七に斬りつけてしまう。
勇七は一命を取りとめるが、作左衛門は責任をとって切腹する。
作左衛門から勇七にあてた遺書には、わが子を思う父の情がこもっていた。
同じ子を持つ親として、それを読んで改心した勇七が、死ぬ気で百客の皿を焼く決意をした時、弟子の三次郎が思わぬことを告げる。
どうせ今からでは期日までに百客もの皿は焼けない、そこで奉行と相談して、今までに窯出しの際に不出来として刎ね除けたきず物から百客を選んで、もう荷出しした、と。
その言葉に激怒した勇七は三次郎に脇差で斬りつけると、出奔してしまう。
勇七を通して伊万里の色絵の秘密が流出しては藩の一大事と、藩は密偵を出してまで勇七の行方を追う。
彦七にも勇七を討てば帰参を許すという条件で所払いの沙汰を下す。
以来十数年。
勇七は伊予の砥部にいるらしいとの情報で、鍋島藩の密偵とその手先となった三次郎が砥部に向かうと、確かに勇七はそこにいた。
勇七を召し取ろうとする彼らを斬り伏せて勇七を助けたのは彦七であった。
お和歌と夫婦になり、勇七にとっては孫となる子もなしたことを告げ、その二人を勇七に引き合わせようとする彦七。
だが勇七は、俺の首を持って国へ帰れ、と言って自害して果てるのであった。

初出は『講談倶楽部』昭和13年6月号。

単行本化は「吉川英治文庫131 松風みやげ(短編集七)」(昭和51年 講談社)の一度だけです。

|

« 佐賀(1) | トップページ | 佐賀(3) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 佐賀(1) | トップページ | 佐賀(3) »