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2007年8月 4日 (土)

佐賀(1)

佐賀県を舞台にした作品は3作品ありますが、いずれも有田焼が関わってくる作品です。

まずは「増長天王」。

鍋島藩の山目付・鈴木杢之進が藩窯のある皿山を見回っていると、陶工・久米一の娘・棗と弟子の兆二郎の逢引に出くわす。
そこで杢之進に声をかけてきたのは、窯焚きの百助。
兆二郎は色鍋島の秘法を探りに来た加賀の回し者に違いない、という百助の言葉に、久米一の屋敷まで同行する杢之進。
百助は久米一の前に兆二郎を呼び出して詰問するが、久米一は、棗に懸想した挙句の作り事であろうと、逆に百助を足蹴にする。
さて、奥用人・刈屋頼母を通して、藩からの特別注文を受けた久米一は、増長天王の像の制作を始める。
一方、腹のおさまらない百助は、兆二郎の件を藩へ訴え出る。
しかし、田沼意知への賄賂とするため、どうしても久米一の作品を手に入れたい藩では、この事態に困惑する。
久米一が陶工の名人なら、百助は窯焚きの名人。両者が反目していては望むような作品が焼き上がらないからだ。
そのため頼母は、当面は兆二郎の件は不問とし、百助に大金を積んで久米一と和解させる。
その久米一は、兆二郎が密偵であることを薄々承知しながら、色絵の秘法を秘かに伝授する。
やがて、作品は完成し、久米一は捕らえられるが、肝心の兆二郎は棗とともに姿を隠した後であった。
増長天王の窯焚きを任された百助だが、先日の久米一への恨みをまだ忘れておらず、火の調節をわざと間違えることで作品を失敗させようと企む。
その百助を斬り、企みを阻止したのは兆二郎と棗であった。
二人は百助の代わりに増長天王を焼き上げると、どこへともなく姿を消した。
二人を捕らえるべきはずの杢之進は、二人に気づきながら、その逃亡を黙認する。
その脳裏にあったのは、百助を足蹴にした際に久米一が叫んだ「おれのわざはこんな山の中に封じられて終る小さなものではない。偉大なものは世の中へ溢れ出ずにはいない」という言葉であった。

初出は昭和2年4月1日発行の『サンデー毎日 春季特別号』。

現在も刊行中の「吉川英治歴史時代文庫75 治郎吉格子 名作短編集(一)」に収録されています。

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