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2007年10月31日 (水)

営業時間とご案内

吉川英治記念館では、冬期には営業時間を短縮しております。

冬期というにはまだ暖かいのですが、明日11月1日より来年2月29日まで、閉館時間が16時30分に繰り上がります(入館は16時まで)。

ご注意下さい。

特に、例年、アートプラグラム青梅を観覧にいらっしゃる方が、当館の閉館時間を知らずにやって来て、閉まっている門の前で途方にくれる、ということがしばしば発生しています。

アートプログラム青梅をご観覧の方は、まず当館を観てから、他の会場に向かうようにして下さい。

他の会場の開場時間は11時ですが、当館の開館は10時ですし、実際には9時40分にはお客様にご入場いただいています。
したがって、当館を観てから他の会場を回る方が効率的です

どのみち全ての会場を回ろうと思ったら1日がかりになります。
推奨コースはこんな感じ。

朝早めに家を出て、JR青梅駅に9時くらいに着くようにして、都バス「吉野行き」を使って「柚木」で下車して、まず当館へ。
観終わったら、再び都バスで青梅駅方向へ戻り、「滝の上」で下車して、青梅市立美術館へ。ここでは11月8日から21日までアートプログラム青梅関連企画の「OME MIXING」という展覧会を開催しています。
そこから10分ほど歩くと、旧青梅街道の青梅駅前に出ます。
そこから東青梅駅までの街道沿いに、11月14日から25日まで、多摩美術大学・東京造形大学・武蔵野美術大学・明星大学の学生の作品が展示されます。
そして、その途中に、中心会場である青梅織物工業組合の一連の建物と都立青梅総合高校があります。

1日がかりどころか、ちゃんと作品を見るのなら、数日は必要かもしれません。

というわけですので、なるべく当館にはお早めに。

それから、ついでに。

今年のアートプログラム青梅のポスター類は、学生のデザインによるものだそうですが、当館には別途入場料が必要だということがどこにも書かれていません。

くれぐれもご注意下さい。

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2007年10月30日 (火)

アートプログラム青梅2007

今年もアートプログラム青梅に会場を提供します。

今年は、母屋では内田あぐりさんの作品を、展示室奥の多目的室では母袋俊也さんの作品を展示します。
また、初めての試みとして、母袋さんの指導を受けている東京造形大学の学生の作品を、庭園内に野外展示します。

で、都合により、内田あぐりさんの作品のみ、一足先に本日、展示作業を行い、そのまま先行公開いたします。
(正規のスタートは11月3日)

作品は「私の前にいる、踊っている、眼を閉じている」(in front of me, dance, closed eyes)というもので、今年の初夏に日本橋高島屋の美術画廊Xで展示したものです。
ただし、高島屋では平面にして展示したものを、母屋の空間に合わせて、折り曲げ、解体して展示しているので、全く別の作品のように見えます。

そのあたりをお楽しみいただければと思います。

なお、昨年は、母屋玄関から見て3方向に作品を展示したところ、「吉川英治の家を見に来たのに・・・」というご意見をいただいたので、今年は1方向のみに作品を展示し、残りの2方向は通常の展示のまま残しました。

そのあたり、ご理解いただきたいと思います。

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2007年10月23日 (火)

草思堂菊花展

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本日より恒例の草思堂菊花展が始まりました。
地元の青梅秋香会の協力による菊花展です。

例年通り、来館者の投票によって順位を決めます。

部門や、その説明は、いつもの通り、こんな感じです。

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それにしても、今年は残暑がいつまでも続いたために花がまだ咲いていないということで、まだ全く見栄えがしません。
よく咲いているものでこの程度で、まだ下のような状態のものもあります。

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3週間ありますので、最後の週が一番華やかになるんじゃないかと思っていますが、実は花の投票は2週間で終りなんです(投票結果付きで展示する期間を設けなければいけないので)。

ちょっと残念かも。

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2007年10月21日 (日)

受賞作家と語るひととき

今年から定例化された「吉川英治賞受賞作家と語るひととき」が、本日開催されました。
告知の通り、今年は『名もなき毒』で吉川英治文学賞を受賞された宮部みゆきさんにお話しいただきました。

話の内容は、録音を聞き直してから、改めてご紹介するとして、今日ちょっと驚いたことを。

告知の段階で、宮部さんから参加者の皆さんに特別のプレゼントがある、としていましたが、そのプレゼントの内容というのは、東京は錦糸町にある山田家の人形焼でした。

この人形焼については、去年の企画でお話しいただいた時にも触れられましたが、山田家というのは昔から宮部さんの家でよく使っている店で、その店の包装紙に印刷された「本所七不思議」の絵をヒントにして、吉川英治文学新人賞の受賞作となった『本所深川ふしぎ草紙』を書いた、といういわくのある人形焼なのです。

驚いたというのは、私は今日初めてこの山田家の人形焼の包装紙を目にしたのですが、その「本所七不思議」の絵を描いているのが、宮尾しげをだったことです。

宮尾しげ(1900~1982)は、岡本一平に師事した画家で、『漫画太郎』や『団子串助漫遊記』などの児童漫画で名を馳せ、後には江戸風俗などを研究し、それらを絵画作品に残したことで知られます。

なぜ、それで驚くかというと、宮尾しげをは吉川英治とは川柳の仲間で、『漫画太郎』『団子串助漫遊記』を描いた時に在籍していた東京毎夕新聞社では同僚であった、という関係があるからです。

つまり、吉川英治と親しかった宮尾しげをの書いた包装紙の絵を見て、宮部さんが『本所深川ふしぎ草紙』を書き、その作品で吉川英治文学新人賞をとった、ということになると気づいたので、驚いたのです。

宮部さんご本人は、そこまでは気づいておられないようだったので、お教えしようと思ったのですが、ちょっとタイミングが無くてお話しできませんでした。

それにしても、不思議な縁もあるものですね。


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2007年10月20日 (土)

心の母

先日、九州の某県の教育委員会から問い合わせがありました。

吉川英治の言葉を用いて、学習教材を作成したいが、許諾の件はどうすればいいか、という問い合わせでした。

別に問題はないと思いますが、具体的にはどういうかたちになさるのですか、と伺ったところ、「私の心にはいつも母がいてくれる」という言葉をテーマにして、生徒に作文を書かせるというようなお話しでした。

おそらく、この話あたりをベースにしたものなのであろうと考え、どうぞ進めて下さいとお答えしたのですが、かすかに不安があったので、参考までにその教材をFAXで送ってほしいとお願いしました。

不安というのは、吉川英治の言葉の正確な引用ではない可能性、です。

せっかく吉川英治の名前を出すからには、明確な出典に基づく形で正確に引用して欲しい、と思ったのです。

では、そうしますと言って電話は切れたのですが、まだFAXは届きません。

まあ、つい最近のことですから、まだ形になっていないのかもしれませんが。

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2007年10月19日 (金)

質問タイム

先日触れた青梅第五小学校の4年生の子供たちが来てくれました。

1学年3クラス計97人+先生4人=101人。

それに私(体重2人分)の102人が母屋に入れるんですから、改めてこの旧吉川邸の広さに驚きます。
もちろん、小学4年生で体が小さいからではありますが。

それにしても、先日、「子供は聞いてないようで聞いている・・・・」と書いたばかりですが。

先生「ハイ、では、質問のある人は質問して下さい、じゃあ○○くん」
○○「吉川英治さんは、柚木にはいつから住んでいたのですか?」
私「えーっと、さっき最初に話したんだけど、昭和19年に引越してきて、昭和28年まで、ここに住んでいました」
先生「他にありますか、はい、△△くん」
△△「吉川英治さんは、いつまでこの家に住んでいましたか?」
私「……、いま言ったんだけど(苦笑)」

まあ、話を聞いていなかったというより、おそらく事前学習の時に用意しておいた質問を、うっかりそのまましてしまったんでしょうけど。

そういう機転がきかないところが、まだまだ子供だね(微笑)


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2007年10月16日 (火)

総合学習

今日は、早稲田実業学校中等部1年生の生徒たちが、総合学習の調査のため当館を訪ねてきてくれました。

近年、こういう形で生徒が訪ねてきてくれることが多くなっています。

早稲田実業学校中等部は、これが3度目になります。
学校が、ここ青梅からは少し離れた国分寺にあり、しかも、そこに移転してきたのが2001年であることを考えると、実に熱心で、非常にありがたいことだと思います。

今週は、金曜日に地元の青梅第五小学校の4年生が来館する予定ですし、やはり地元の青梅西中学校からは講演依頼も入っています。

私は教師ではないので、子供たちの前で話をするという経験が少ないため、どの程度のレベルの話をすればいいのか、いつも迷います。

それについて、以前、吉川英治文化賞受賞者による講演会に同席した際、その時の演者の馬塚丈司さんから、こんなことを伺いました。

子供というのは、人が話している途中に余所見をしたりして、人の話を全然聞いていないように感じるが、意外とちゃんと聞いているものだ。 その時にはすぐに理解できないようなことでも、ちゃんと憶えていて、後になって、あの時の話はこういう意味だったんですね、と言ってきてくれる子供もいる。

馬塚さんは、ウミガメの保護活動などについて、各地の学校で頻繁に講演をしている方です。
その方がこうおっしゃるのですから、きっとそうなのでしょう。

ということで、なるべく子供におもねらないで、多少難しいことでも、必要以上に噛み砕かずに、話をしようと思うのですが、さて、今日の生徒たち、そしてこれから来る生徒たちは、それを聞いてどう思うのでしょうか。

ああ、不安だ。

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2007年10月12日 (金)

解説

書店で「大衆文学・文庫〈解説〉名作選 あらすじ付」(齋藤愼爾 メタローグ 2004年)という本が目に付いたので、手に取ってみました。

扉に

文庫〈解説〉は最良の作品論であり、鑑賞文であり、作家と批評家の出会いの絶景であり、内容紹介であり、作家ガイドであり、ときに世相文化史である。

とあり、57本の解説文が集められています。
面白い切り口ではあると思います。

そのなかに、樋口謹一による吉川英治「宮本武蔵」の解説が収録されていました。

・・・・・・すいません、文庫のシリーズ名を≪講談社文庫≫としてますが、これは≪吉川英治歴史時代文庫≫です。
まあ、長ったらしいのでめんどくさいとは思いますけど。

しかし、これは些細なことなので、どうでもいいのですが。

吉川英治による菊池寛「藤十郎の恋・恩讐の彼方に」の解説を取り上げるのは良いとして、これが吉川英治の名前を借りて菊池寛本人が書いたものであることに言及しないのは、いささか物足りない感じがしますね。

以前、このブログで、そのことに少し触れた時、「文学史上よく知られたエピソードでしょう」と書きましたが、そうでもなかったんですね(苦笑)

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2007年10月11日 (木)

私の弟は、いまイギリスで暮らしていますが、その弟が帰国した時に、父親がこんなことを問いかけました。

「イギリスには柿の木はあるのか?」

ちょうど家族で温泉にでも行こうかという列車の車窓の景色を眺めながらだった思いますが、その車窓からは渋柿なのか、取り残されたものなのか、冬だというのにまだたわわに実をつけた柿の木が見えました。

「そういえば、見たことないなぁ」

と、弟は答えていましたが、柿というのは日本原産だそうですから、イギリスになくても不思議はありません。

農家の庭先に、柿の木がたわわに実をつけている、という情景は、極めて日本的な景色ということになるのでしょう。

先日の展示替えで、吉川英治の柿の図の軸を出しました。
そこにはこんな句が書かれています。

故郷の柿おもふ兵もありぬべし

日本を遠く離れた戦地に送られた兵士の望郷の念をいうのに、蜜柑でも、林檎でも、梨でもなく、柿を選んだところが、絶妙だと思います。

もっとも、戦後生まれの私には、実感できることではありません。

実際に戦場を経験している方が、この句にどんな感想をもたれるのか、伺ってみたい気がします。

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2007年10月10日 (水)

案山子

開催していた企画展「吉川英治の意匠」が終了しましたので、一部展示を入替えました。

いま出しているものを少しご紹介してみます。

以前にも少し触れたことがありますが、こんな句の書かれた軸を出しています。

案山子いつか鵯や雀と仲のよさ

一見すると、何かほほえましい情景を詠んだ句に思えます。
しかし、この句には、こんな言葉が添えられています。

弓折れ矢つきていくさ終にまけぬ
嘘は鳥も長くはあざむかれじ 秋更けぬれば
進駐の米兵共と国民は いつかいくさ
わすれて いたるところに
交歓交生あだかも落穂
に群がるそれのごとし
昭和二十年晩秋

『鬼畜』と教え込まれてきた米兵も、同じ人間であった。
戦争というものによって隔てられなければ、心を通わせることも出来るのだ。

そういうことでしょうか。

ただ、「落穂に群がる」という一節が引っかかって仕方がありません。

食べていくために、ついこの間まで敵だったものにすり寄っている。

そんな皮肉を、この一節からは感じてしまいます。
考え過ぎなのかもしれませんが。

この一年後、「昭和二十一年晩秋」とある軸も展示しています。
英治自身の菊の絵に、次の句を添えたものです。

菊の花お許も味気なかろ今

この時、英治は終戦を機に創作の筆を折っていました。
菊の花に向かって、「お前も味気ないだろう」と問いかける英治は、何に味気なさを感じていたのでしょうか。

長年、魂を打ち込んできた文学を離れ、作品を書かないでいる日々にでしょうか。

それとも戦後の世相にでしょうか。

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2007年10月 8日 (月)

民営化

逓信総合博物館(ていぱーく)の≪日本郵政グループ発足記念展≫のチラシが先日送られてきました。

そう言えば、この郵政民営化で逓信総合博物館の扱いはどうなるのだろうかと気になって、少し検索してみました。

逓信総合博物館の前身は、1902年に万国郵便連合(UPU)加盟25周年を記念して開館した郵便博物館。
その後、1964年に郵政省、日本電信電話公社、国際電信電話株式会社、日本放送協会による共同運営の逓信総合博物館となります。
2001年にKDDI株式会社(旧国際電信電話株式会社)が運営から離脱します。
今回の郵政民営化で、日本郵政株式会社、東日本電信電話株式会社、日本放送協会の共同運営となりました。

wikipediaと逓信総合博物館のサイトを参照すると以上のような沿革になります。
名前から、てっきり郵政省の単独で運営している博物館かと思っていたのですが、私の勘違いでした。

ちなみに、どちらの記述にも電電公社の分割民営化の際にどういう形でNTT東日本の管轄に移行したのか言及が無かったのですが、何にせよ、母体となる組織が民営化されるのは、今回が初めてではなかったわけですね。

とは言え、これで国からは切り離されたわけで(郵政公社化の時に既にそうなのかもしれませんが)、それは初めての事態ということになるのでしょう。

それにしても、「三公社五現業」なんて言葉を学校で教わったのが、大昔に感じられます。
そのうちの「一公社一現業」がこの逓信総合博物館に関わっていたわけですから。

どうでもいいことですが、民営化したのになんで≪日本郵≫なんですかね?


本日は月曜日ですが、体育の日なので開館しています。
明日は火曜日ですが代休となります。
ご注意下さい。

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2007年10月 7日 (日)

タマスダレ

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タマスダレです。
これまた時期が過ぎかけで、ちょっと綺麗じゃないですね。

調べてみると、南米原産でヒガンバナ科だということですが、全くそんな感じがしないですね。

しかし、なんでこの名前なんでしょう。
思わず、「あさて、あさて、さては・・・・・・」と、つい口ずさんでしまいます。

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2007年10月 6日 (土)

ツリガネニンジン

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ツリガネニンジンです。
名前の通り「釣鐘」のような形ですが、キキョウ科だそうで、そう言われて見ると、キキョウを逆さまにしたような花ですね。

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2007年10月 5日 (金)

シロバナホトトギス

久しぶりに庭園の花を。

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ちょっと時期が過ぎかけのものですが、白花のホトトギスです。
あの不気味な模様がないとホトトギスに見えないですね。

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2007年10月 3日 (水)

千年の釘

現在の小学5年生の国語教科書(光村図書)に、白鷹幸伯さんについて書いた『千年の釘にいどむ』(内藤誠吾)という文章が掲載されているということをご指摘いただき、そのコピーを頂戴しました。

白鷹幸伯さんは、奈良の薬師寺の再建にあたって、そこで使用するための釘を作った鍛冶職人で、平成13年度の吉川英治文化賞受賞者です。

私は、白鷹さんとはゆっくりお話したことはなく、その業績については、テレビのドキュメンタリー番組で≪千年の釘≫を作り上げていった過程について放送したのを見て知っている程度なのですが、この教科書に掲載された文章は、白鷹さんが行った材質や形や硬さといったことについての工夫がうまくまとめられた良い文章だと思いました。

小中学生のお子さんがいらっしゃる方は、数年前の分から掲載されているようなので、お子さんから借りて読んでみて下さい。

ちなみに、以前、吉川英治文化賞講演会というものをやっていた頃、白鷹さんの講演の録音のテープ起しをやったことがあります。
なかなか≪キャラの立った≫方です。
一緒にお酒を飲むと面白そうな。

その意味では、教科書に載っているのがちょっと不思議な感じもしてしまうのですが。

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2007年10月 2日 (火)

バーンロムサイ

先週末、2日連続して≪バーンロムサイ≫がテレビ番組で取り上げられていました。

バーンロムサイは、両親をエイズで亡くし、自らも母子感染でHIVに感染している孤児たちを受け入れ、共同生活しながら、自立のための教育指導などを行っている施設です。
1999年に、名取美和さんを中心としてタイのチェンマイ市郊外に設立されました。

この活動に対し、平成17年に吉川英治文化賞を贈っています(対象者は名取美和さん)。

吉川英治文化賞は、多くの場合、長年活動を続けてきた人に贈呈しており、1999年に開始した活動に対して賞を贈るのは、活動期間が短すぎるのではないかという議論もあったようですが、現代的な課題でもあり、重要な活動であるという評価の方が優ったようです。

取り上げていた番組は、どちらも、バラエティ番組に属するものでしたが、その活動が広く知られることは悪いことではありませんし、バラエティ番組しか見ないタイプの人にも知っておいてもらいたいことではありますから、悪いことではないでしょう。

単に『泣けるネタ』にされてしまっていなければ、ですが。

ちなみに、番組では触れられていなかったように思いましたが(チャンネルを変える途中でチラッと見ただけなので)、名取美和さんは高名な写真家・名取洋之助(故人)の長女にあたる方です。

活動と直接は関係の無いことですが、それを聞いた時に私はちょっと驚いたので、ご紹介しておきます。

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