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2007年11月14日 (水)

柿赤し

ということで、柿の句をいくつかご紹介。

既に、これこれこれをご紹介済みなので、それ以外で。

柿赤しそば喰ふ宿の裏おもて
坂多き青梅の町や柿赤し
柿赤し坂の石垣宿場町

あ、紹介済みのものを除くと3句しか見つからなかった(苦笑)

3句とも、ここ青梅で詠んだものです。

この場合の≪青梅≫は、当時の青梅町でしょう。

現在の青梅市は、青梅町・霞村・調布村・吉野村・三田村・小曽木村・成木村の1町6村が合併したもの。
最初に青梅町・霞村・調布村が合併したのが昭和26年、残りは昭和30年の合併なので、昭和19~28年に吉野村に住んだ吉川英治にとっては、青梅は隣町という感覚だったと思われます。

多摩川北岸の河岸段丘上にある旧青梅町は、現在の青梅駅北側の永山から多摩川に向けて急傾斜になっており、そこを指して≪坂多き≫≪坂の石垣≫という表現になっています。

また、近世には現在は旧青梅街道と呼ばれている『青梅街道』の重要な宿場町として栄えたので、そこに言及しています。

柿の実のなる風景は、横浜・東京という町場での生活が長かった吉川英治にとっては、青梅と強く結びついているものなのかもしれません。

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