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2007年12月11日 (火)

二度目の台湾

二度目の台湾は、『南方紀行』の旅の行きと帰りに1泊ずつしています。

吉川英治が書いた日記を見ると、こんな様子です。

昭和17年8月10日の3時半に台北に到着。
宿泊したのは、日本統治時代の温泉旅館が現在も残っていることで有名な温泉地・北投(現・台北市北投区)です。
夜は、同行した橋本関雪、従軍画家として台湾に派遣されていた吉岡堅ニ・川端實とともに会食。
深夜、塚越迷亭が英治を訪ねて来ています。

塚越迷亭は、川柳時代からの友人で、一時期は英治のもとで秘書めいたこともしていました。
この頃は台湾で、台湾川柳社を興し、『国姓爺』という川柳雑誌を発行していました。
この時は台湾東部の宜蘭にいたようで、英治が台北到着後かけた電話をうけて、はるばる北投まで来たようです。

宜蘭から台北までは、今は新しく出来た高速道路で1時間ぐらいです。
先日の私の台湾旅行では、当時からある海岸沿いの道を使いましたが、台北から宜蘭まで、車に乗っていた時間だけで5時間ほどありました。
塚越迷亭も、同じような道のりで台北まで来たのでしょう。
お疲れ様でした。

翌朝は、7時に宿を出て、マニラに向けて空港を飛び立ったのは9時。
見送りに来たのは、塚越迷亭ただ一人だったと書いています。

帰りは8月27日。
行きと違い、中国の広州から高雄に到着しています。
到着は午後1時。
宿泊は市内の春田という旅館だったようです。
3、4日前に敵潜水艦の奇襲を受けたということで、「夜ハ一灯の微光もゆるさず」と書いています。
翌朝は8時に高雄を出発。
機上から阿里山山脈を見たと書いています。

飛行機は給油の関係か、直接日本には向かわず、上海を経由して別府に飛んでいます。

先日の旅行で台北・宜蘭・高雄には足を運んでいますので、吉川英治の記述に、少しばかり実感が湧きました。

旅の目的が別だったので、あくまで少しばかりですが。

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