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2007年12月 9日 (日)

台湾

先日、休暇をとって台湾を旅行してきました。

台湾には吉川英治も出かけたことがあります。
一度ここで紹介したことがありますが、この機会にもう少し詳しく見てみましょう。

昭和15年の台湾行きについては、『文藝銃後運動講演集』(昭和16年5月14日 文藝家協会刊)の巻末の「文藝銃後運動の経過」という文章で概要がわかります。

それによると、12月13日~21日にかけて、文藝銃後運動の講演会のため台北・台中・台南・高雄・新竹の各都市を廻ったということになっています。
これは講演を行った都市名ということでしょう。
当館には、この旅の途中で高砂族の集落を訪問した際の記念写真が残されていますが、この文章では触れられていません。

講師として台湾に行ったのは菊池寛・中野實・久米正雄・火野葦平・吉川英治の5名。
その他に、吉川英治の弟・晋が同行していたことが、上記の写真からわかります。
ちなみに、菊池・中野は沖縄での講演会を行ってから現地で合流しており、また久米・中野はこの後、中国の広東、仏印の河内(ハノイ)、西貢(サイゴン)に移動したとあります。

吉川英治の講演タイトルは「心構への話」となっていますが、文藝銃後運動の講演会では、どこへ行っても全てこのタイトルを使っています。
ただし、話の内容がどこへ行っても同じだったのかまではわかりません。
たぶん、どこに行っても必ず話す芯の部分があって、あとは場所に応じた話をしたのでしょう。

当館に残されている写真は2枚で、いずれもオリジナルではなくて複写です。
しかし、そのうちの1枚に、旅に同行した吉川晋のものと思われるメモがあります。

昭和十五年暮(十二月)
台湾総督府の招待での文春講演会で場所は台南附近の高砂族の部落と気憶してゐます
一行には菊池寛氏もおられましたがこの日はホテルで休息されてゐました
(表現は原文のまま)

私は今回、吉川英治が足を運んだ都市のうち、台北・台南・高雄に行きました。
そこで、台湾神社(台北)、台南神社、高雄神社の跡地を訪ねました。

おそらく、吉川英治たちも、旅の目的が目的なので、神社を訪問した可能性が高いと思います(少なくとも台湾神社に行った記録はあるようです)。

旅の目的は別にあったのですが、70年近く前に、この同じ場所に吉川英治他の作家たちがいたかと思うと、感慨深いものがありました。

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