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2008年1月27日 (日)

前田青邨

今日は前田青邨の誕生日だそうです(明治18年)。

現在、吉川英治の「新・平家物語」の挿絵といえば、杉本健吉ということになっていますが、実は連載開始当初は違っていました。

『週刊朝日』に「新・平家物語」の連載が決まった時、実は、吉川英治の希望もあって、前田青邨に連載挿絵を依頼していたのです。

しかし、週刊誌連載にカットと挿絵2、3枚も描くのでは、これにかかりきりになってしまうし、体力的にもキツイから、というので、前田青邨はこの依頼を固辞します。
そこで妥協案として、前田青邨の弟子である守屋多々志が挿絵を担当し、前田青邨はタイトルカットのみを描く、ということになりました。
吉川英治も、前田青邨が監修しながらであるならば、として、これを受け入れます。

かくして、「新・平家物語」は、カット=前田青邨、挿絵=守屋多々志という体制で連載を開始します。

ところが、守屋多々志の挿絵が、どうしても吉川英治の意識にしっくり来ない。
再三再四、注文をつけるものの、どうしても吉川英治にとって納得できるものにならない。

そこで仕方なく、連載途中で挿絵画家を交代させることになり、新しく採用されたのが、杉本健吉だったのです。

そのため、連載第36回までは守屋多々志の挿絵、37回以降は杉本健吉の挿絵というふうになっています。

そんなわけで、後に「画帖 新・平家」という挿絵画集を出した時には、その守屋多々志の担当した部分について、杉本健吉が描き直しています。

ちょっと微妙な感じではありますが、吉川英治と前田青邨には、こういう関わりもありました。

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