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2008年1月18日 (金)

半焼

ともに作家の藤田宣永・小池真理子夫妻の自宅が火災で半焼したそうですね。

実は吉川英治の自宅も半焼したことがある、という話は以前少し触れました。

火災が起ったのは昭和16年3月。
当時、吉川英治は赤坂区表町〈現港区赤坂〉の旧江木翼邸に住んでいました。
この家の正門側には、道路を挟んで向かいに高橋是清邸があり、その反対側には、敷地を接して料亭・常盤園がありました。

火災はこの料亭で発生し、吉川英治の自宅は、それに類焼して半焼したのでした。

もっとも、この旧江木翼邸というのは、実に広大な屋敷で、半焼しても十分に大きな家でした。
何しろ、半焼した焼け跡に家が2軒建てられたくらいですから。

ちなみに、その2軒の家の一方には、吉川英治と親しかった安藤徳器が住み、もう一方には安藤の陸士時代の後輩である憲兵将校が住んでいたそうです。

そんなわけで、火災以後は焼け残った部分のみで生活していました。
くどいようですが、それが可能なほどの大邸宅だったわけです。

この火災の直後、吉川英治は仕事に必要なものを抱えて、一時的に近くの旅館に避難します。

親交のあった茶人・堀越梅子〈宗円〉に対してその旅館から送った書簡が残っています。

そこには火事見舞いに来てくれたことへの礼とともに、次の3句が記されています。

明るさや母屋の焼けて薮の梅
焼あとの梅は近所に見られけり
罹火一虚たゞ白々と梅の夜

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