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2008年2月19日 (火)

卵かけご飯

時々のぞくブログに、こんな記事がありました。

岸田劉生の父で、ジャーナリストであり、実業家でもあった岸田吟香が、≪卵かけご飯≫を日本に広めた、という説にちなんで町おこしをしているところがあるようです。

水を差すつもりはありませんが、本当でしょうか。

岸田吟香の生没年は天保4年(1833)~明治38年(1905)。
Wikidediaによれば、明治10年(1877)頃に日本で初めて≪卵かけご飯≫を食し、人にも勧めたということです。

その一方、上でリンクをつけた新聞記事では

町によると、昭和初期の雑誌に、吟香が朝食で鶏卵をご飯に落とし、焼き塩と唐辛子を振って、かき混ぜて食べたとの記事が掲載され、こうした食べ方が世の中に広まったという。

と書かれています。

明治10年代と昭和初期では、随分隔たりがありますが、やるからには根拠を、ということで町が調べた結果、文献上に明記されているものは、そこまでしかさかのぼれなかったということでしょう。

ちなみに、以前こんなことを書きました。

吉川家の没落は、英治11歳の時で、明治36年のこと。
吉川家の≪卵かけご飯≫争奪戦は、それ以前のことだと思われます。

新聞記事の方では、昭和初期になってから広まったような書き方ですが、吉川英治の文章がフィクションでないなら、明治期には≪卵かけご飯≫がある程度は広まっていたであろうことがわかります。

岸田吟香が第一号となって広めたかどうかはともかく、ちょうどその存命中に普及したことは確かなのでしょう。

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コメント

このブログ記事を掲載された頃は私は大病をしていてリアルタイムで読んでなかったので今さらコメントするのですが、これは昭和期の雑誌に明治初期の回想が書かれていたのを岡山の美咲町が確認したということです。具体的には《彗星 江戸生活研究》2年8号(昭和2年8月)荻原又仙子「明治初期の記者 岸田吟香翁」ですが、“鶏卵飯”については書かれているものの吟香が広めたと証言しているわけではありません。ただ内容から明治9,10年くらいの話であることは読み取れます。

投稿: 大西小生 | 2016年11月16日 (水) 23時06分

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