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2008年3月12日 (水)

ドン

今日3月12日は「半ドンの日」なんだそうです、あるサイトによると。

「半ドン」というのは、土曜日のこと。

明治9(1876)年に、官公庁で土曜半休・日曜休日制が実施されたことにちなんだ日だそうです。

土曜半休どころか、週休2日になった現在では、「半ドン」なんて言葉も、もうすっかり死語と言っていいでしょう。
私にとっては、たまにご老人が口にされるのを耳にするくらいの言葉です。

ところで、「半ドン」の語源として私が聞いていたのは、オランダ語の「ドンターク」(日曜日)に対して、土曜日は半分休日だから半分「ドンターク」で「半ドン」となったという説です。

それに対し、参照したサイトでは

1871(明治4)年から皇居で毎日正午に大砲(午砲・ドン)を撃っており、土曜日はドンとともに仕事が終わることから、丸の内に勤める人たちの間で「半ドン」と呼ばれるようになった。ドンは全国の都市で行われるようになり、それとともに「半ドン」という言葉も全国に広まった。

という説の方をそれに先んじて紹介しています。

午砲のドンと言えば、吉川英治にこんな川柳があります。

立ン坊腹の底までドンを聞き

雑誌『講談倶楽部』大正3年8月号の投稿川柳欄の「腹」という課題に対して投稿されたものです。

この場合の「立ン坊」は、日雇い労働者のことでしょう。
その日の食い扶持にあぶれた「立ン坊」のすきっ腹に、正午のドンの音が空しく響く、そんな情景を詠んだものと思われます。

大正3年(1914)なら、英治は22歳。
それ以前の16歳頃、英治自身が日雇い労働者だったことがあります。

(略)自由労働者はみな草鞋だった。そのわらじが二銭か三銭していた。日雇賃銀は三十五銭で、夕方もらって帰るが、朝になると家には一銭ものこらない。どうかすると、昼の弁当さえ持ってゆけなかった。
冬の朝は、痛切にわらじが欲しい。コンクリート作業場の水汲みは、足袋はすぐ破れて、踵の肉を蝕まれ、踵の穴から血ウミが出てくる。わらじなしでは到底やりきれないが、そのわらじが買えないのだ。(略)
(「折々の記」所収『煙突と机とぼくの青春など』より)

そんな経験がこもった川柳だと言えます。


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