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2008年3月22日 (土)

集約って何を?

数日前ですが、こんなニュースがありました。

橋下知事 国際児童文学館「府立図書館などに集約化を」

というのが見出しですが、「集約化」というのは、どういうイメージなんでしょう。
どうせ同じ本を扱ってるんだから、図書館にまとめちゃえばいいじゃん、そしたら、ここは別のことに使えるし、ってことでしょうか。

「通常の図書館となぜ分離しているのかわからない。児童文学を子どもに広める機能は必要。例えば府立図書館に入るとしても、そこで特徴を出せばいい」

とコメントされたようですが、このご意見、どうなんでしょう。

図書館事情に通じていない私の勝手な意見ですが、図書館のあり方についてこんなイメージを持っています。

出版物は後世に伝えるべき重要な文化遺産ですが、現在存在する膨大な出版物を一つの図書館に集めることには無理があります(まあ、国会図書館はありますが)。
したがって、複数の図書館が役割分担していく必要があります。
つまり、分野を絞った「専門図書館」を、様々なジャンルで用意し、それによって効率よく、かつ、遺漏が無いように収書活動を行う。
その一方で、一般市民の読書活動を支える普及型の図書館を地域にこまめに配置する。
ただし、こちらは回転率の高いような本(話題の本や最新ベストセラーなど)を中心にごくわずかな蔵書しか持たず、本を保管することよりも専門図書館の情報(場合によっては本そのもの)を取り次ぐ窓口としての機能を高める。
もちろん、各都道府県単位でこれをやるのは負担が大きいし、効率的でもないので、一定の地域ブロックの中で、どこがどの分野の専門図書館を受け持つか調整していく。
その過程で、大量に重複する本が出てきたら、それは、それが不足している他の地域に移す。
研究目的の利用者は、初めからそのジャンルの図書館に行けばいいし、それが無理でも貴重本以外なら最寄の図書館へ取り寄せて利用できるようにする。

こういうイメージを持っている私としては、「集約化」とは特徴もなく総花的な蔵書を持つ既存の図書館を専門図書館化してネットワークを構築していくことであって、既にある専門図書館を廃止して蔵書を拡散させることではないと思えるのですが。

ちなみに、石原都知事が東京都近代文学博物館を廃止しましたが、あれは展示中心で図書館機能のない所でしたから、事情はかなり違います。

とは言え、日本を代表する東西の大都市で、経費節減の槍玉に真っ先に上るのが≪文学≫であるというところが、情けないと言うか、悲しいと言うか。

政治が文学を嫌うのか、それとも文学者自身の不徳なのか。

さて。

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