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2008年8月29日 (金)

桃と若葉

吉川英治には5人の子供がいました。

吉川英治は2度結婚しているのですが、最初の結婚の際、実子に恵まれなかったため園子という養女を迎えています。
そして、二度目の結婚の際、英明・英穂・曙美・香屋子の2男2女の実子をもうけています。

今回の企画展「吉川英治の家族愛」では、それぞれの子供たちに関する資料を展示しており、いままであまり展示してこなかった園子に関する資料も展示しています。

その一つである掛け軸には、英治自筆の桃の絵が描かれ、次のような句が書かれています。

桃咲くや園子も七つ樹も七つ

句に添えて「春なりし二月の頃 母叔父叔母たち共々に 湯あみに来ける夜の徒然に せがまれて」とあり、また、「昭和癸亥(酉) 熱海富士舎 英治戯筆」とありますので、園子らと熱海に旅した際の句とわかります。

ちなみに、昭和2年生れの園子が数え年(英治は日常では数え年を用いていた)で「七つ」なら昭和8年で、干支は「癸酉」のはずですが、「癸亥(酉)」とあるのは、間違えて、後で直したものでしょう。

それはともかく、句は、ほとんど技巧も何も感じられないもので、そのことがかえって英治の親馬鹿ぶりを浮き上らせているように思えます。

その技巧の無さゆえに親馬鹿ぶりを感じるという点では、この句を思い出します。

若葉照り今朝は香屋子の誕生日

いかがでしょう?

ニコニコしながらこんな句をひねり出している姿を想像すると、もう親馬鹿以外の何者でもありません。

養子とは言え初めての子である園子と、58歳で授かり孫同然に可愛がった香屋子に対する句の雰囲気に似通ったところがあるというのは、興味深いところです。

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