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2008年8月28日 (木)

画家の名前

昨日触れたように、開催中の企画展「吉川英治の家族愛」について読売新聞にご取材いただき、それが一昨日多摩版に掲載されました。

それにつき、少しだけ補足を。

読売新聞では、展示している資料の写真が掲載されています。

これは掛け軸になっているもので、中央に兜の絵があり、右上に川合玉堂による賛、左上に吉川英治のよる賛が書かれています。
吉川英治の賛から、昭和20年の端午の節句に書かれたものとわかります。

これを今回展示しているのは、吉川英治の賛が、自分の二人の息子が詠んだ短歌を揮毫したものだからです。

ちなみに短歌は

幸さんが山から桜取って来て
花いけにさし机にぞおく  英明詠
梅の花はるかににほふあかつきに
両手をあわせ拝むなりけり 英穂詠

となっています。

この時、長男の英明は満年齢なら6歳、次男の英穂は5歳です。
そう考えると、少々生意気な感じもしますね(笑)

ところで、兜の絵を描いた人物を記事では≪挿絵画家≫としか書いてありませんが、これは玉村吉典のこと。

吉川英治の作品では「太閤記」(読売新聞連載)の連載挿絵の一部を描いています。
「太閤記」は以前触れたように挿絵を描いた画家が8人もいる作品ですが、昭和20年5月なら玉村吉典がちょうど挿絵を担当していたか、最後に担当した森村宣永に交代した直後くらいでしょうか。
恥ずかしながら、当館所蔵の掲載紙は切り抜きのため日付が欠けており、どこかに調べに行かないことにはすぐには確認できません。


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