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2008年8月19日 (火)

円朝謎話

先日の朝日新聞『天声人語』に、三遊亭円朝のことが触れられていました。

円朝のエピソードを吉川英治がどこかに書いていたなと思い、随筆集を見てみると、「折々の記」に収録された『歴史上の人物あれこれ』の中で、概略、こんなことを書いています。

ある時、円朝が山岡鉄舟の自宅に呼ばれたが、帰る段になって、鉄舟から「足を使わないで帰れ」と言われた。
わけがわからずに首をひねる円朝に、鉄舟が「おまえは高座で話をするとき、舌の使い方をいちいち考えて話しているか、舌があるとかないとか意識するか」と言うと、それでなるほどと悟った円朝は、「それではお先に」とスタスタ歩いて帰った。

これが円朝の号≪無舌居士≫の由来だと、英治は書いています。
というより、これは談話筆記なので、そう語っています。

さて、昨日書店に行ったところ、英治が本文中で触れている正岡容の「小説 円朝」と、英治も交流のあった小島政二郎の「円朝」があったので、購入して斜め読みしてみたのですが。

正岡容の「小説 円朝」は、英治が「落語家円朝の半面だけ」と評しているように、明治維新直前までの話なので、こうした話は出てきていません。

一方、小島政二郎の「円朝」ですが、こちらには、似ているけれども全然違う話が出てきます。

ある時、円朝は鉄舟から「あなたは舌でしゃべっているね」と言われる。
鉄舟はそう言ったきり、その答えを明かしてくれない。
自分で悟れと言うことかと理解した円朝は、禅に近づいていく。
やがて、無について一定の信念を得た円朝は、再び鉄舟と会う。
ともに座禅を組んだ後、鉄舟から「舌はどうした」と問われた円朝は、ペロリと舌を出して見せた。
すると鉄舟は筆をとって≪無舌居士≫と書いて円朝に与えた。

どちらかが正しくて、どちらかが間違っているのか、それとも同じ元ネタから派生したもので、どちらも元の話とは違っているのか。

いまのところ、確認できていませんが、英治の方が分が悪い気がしています。

何となくですが。

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