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2008年8月27日 (水)

記者

一昨日・昨日と二日続けて、「吉川英治の家族愛」展についての取材がありました(読売新聞と西の風新聞)。
ありがたいことです。

取材の際、どちらの記者の方も興味をもたれた展示品が、吉川英治から長男英明に宛てた書簡でした。

これは、英明(現当館館長)がNHKに就職し、記者として大阪に赴任していた時に、書き送った書簡です。
昭和36年8月7日付と同9月10日付の2通の書簡を当館でお預かりしているので、その2点を展示しています。

吉川英治は、40代半ばを過ぎてから実子を得たので、70歳で世を去った時でも、4人いる子供たちの年齢はまだ若く、英治存命中に就職したのは英明ただ一人でした。
男親として息子の就職には格別な思いがあったのでしょう、手紙の文面からは、我が子が社会人の一歩を踏み出したことへの喜びとその生活への気遣いとが伝わってきます。

さて、そんな文面の中に、こんな一節があります(8月7日付の方)。

けちなサラリーマンたいぷ すがれた記者臭 わるずれた報道人型 そんなたいぷにとッつかれるなよ 吉川英明であってくれよ

作家として、数多くの記者と接してきたであろう英治が、さりげなく、短い言葉で与えた忠告。
書簡は2通とも、どちらかと言えば他愛のない話題に終始していて、仕事に対することは、同じ手紙にある英明が釜ヶ崎暴動の取材したことについての感想とこの忠告ぐらいですが、あまりくどくどとそういうことを書かないところに、むしろ父親らしさというものを、私は感じます。

取材にいらした記者の方にこの一節をご紹介するというのは、何かいやらしい気もしたのですが、英治の息子への思いがよく見える箇所なので、ご紹介してみました。
幸い面白がってくださったので、ほっとしました。

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