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2008年9月11日 (木)

溺愛

昨日、末娘の香屋子の誕生について、英治58歳の時の子供であることに触れました。

吉川英治は、実子を得たのが年齢的に遅かったこと、それ以前に養子にしていた園子が戦災で若くして死んだことなどから、自分の孫というものを存命中にその手に抱くことはありませんでした。

ただ、還暦目前で授かった香屋子が、実質的に孫のような存在になっていたようです。

それまでの3人の実子に対するものとは違い、香屋子に対する態度は随分と甘く、溺愛していたようです。

長男の英明、次男の英穂に対しては、社会の風にあてるためという理由で、中学入学と同時に、短期間ではありましたが、家から出して知人の家に下宿させたりしました。

ところが、これが香屋子になると、小学校入学まで幼稚園にも通わせずに自分の手元に置いていました。

その代わりということでしょうか、英治が幼い香屋子を膝に抱いて、文字の手習いをさせている写真が残っています。
上の3人の実子の時にはなかった姿です。

先日も触れましたが、こうした溺愛ぶりに、私は英治の園子に対する姿を思い浮かべてしまいます。

園子に対する溺愛ぶりは相当なもので、せっかく張り替えた障子に穴を開けた園子を書生が叱ったら、あべこべに書生の方が英治に怒られた(当館館報『草思堂だより』掲載の「吉川英治先生との思い出 第2回」)だとか、学校帰りの園子が断りもなく書斎に入り込んできても、弱るばかりで怒りもしない(『文藝通信』昭和9年4月号の「仕事部屋を覗く 吉川英治の一日」)とかいう姿が、伝えられています。

ところで、園子は、いまに残る写真を見ると、髪をおかっぱにしているのですが、香屋子も幼い頃の写真ではおかっぱにしています。

もしかすると、英治は香屋子の姿に園子の面影を重ねて見ていたのかもしれない、と、私には思えます。

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