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2008年10月29日 (水)

菊花展

昨日から毎年恒例の菊花展を行っています。
地元青梅の菊の愛好家の方の団体である青梅秋香会のご協力によるものです。

今年はこんな感じです。

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11月16日までです。

例年通り、来館者の投票で順位を決め、最優秀となった花に投票してくださった方に記念品を後日お送りします。
投票は6日までです。

ご来場をお待ちしております。

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2008年10月25日 (土)

消える・消えない問答

浅田次郎さんのお話の中で気になった言葉をもうひとつ。

浅田さんは、過去に書いた作品について、いま見ると未熟なところはあるけれど、書き改めたりはしない、のだそうです。

ひとつには、その作品を書いていた当時の自分というものを大事にしたい、からだとか。
その時はその時の最善をつくしたのだから、そのことは認めよう、ということのようです。

もうひとつ、そう考えるようになったのは、音楽家の知り合いから、音楽は一回性の芸術で、いまこの一度しかないものだということを言われたことで、文学もそういうつもりでいないと良いものは書けないのではないか、と考えるようになったという理由もあるようです。

それを聞いて、吉川英治が上記表題の随筆(随筆集「折々の記」所収)に書いていたエピソードを思い出しました。

親交があった六代目尾上菊五郎との間で、こんな会話があったそうです。

「うらやましいな、あんたの仕事は」
「なぜ」
「だって、文章は残るだろ。そこへゆくと、舞台の芸なんて、消えちまうもの」

六代目からこう言われた英治は、こう返します。

「うらやましいナ。君の仕事は」
「ヘエ、何がね」
「だって、舞台の芸は、消えちまうが、書いたものは、消えないもの。残したくないものまで残るもの」
「……あ。そうか」

そう言って笑い合ったそうです。

同じ随筆の中に、「宮本武蔵」の朗読でも知られる徳川夢声の言葉も紹介されています。

テレビ対談に出演することになって、楽屋で硬くなっている英治に対し、夢声は

「講演よりは、ずっと、テレビの方が楽。テレビはね、吉川さん、ヤジられる怖れはない。つかえたら、こう、黙ってポーズしていればよろしい。しくじっても、消えちゃうからいい。ね、テレビは、消えちゃうものですよ。恐いのは、その点、活字ですな。文章はダメ、映画もいけませんな。テレビは消える、おまけに、見る方も、やる方も、まだ出発時代、つまりアンニャモンニャ時代だ。どうです、気楽でしょう」

と、レクチャーしてくれたそうです。

映像を記録するメディアが発達し、ちょっとした発言もたちまち動画サイトにアップされてしまうような現在では、テレビは消えるとはとても言えません。

隔世の感がありますね。

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2008年10月24日 (金)

苦労人

先週の土曜日に、「浅田次郎さんと語るひととき」が開催され、無事、盛況のうちに終りました。

話は、自らの作家デビューや文学の新人賞の話から、「蒼穹の昴」「中原の虹」の時代背景についての解説まで、また、質疑に応じて、自衛隊入隊のいきさつや近い時代を扱うことへの怖さなど、幅広くお話いただきました。

その中で、私が気になった一言二言をご紹介。

・様々な職を経てきたなんて、ロクなもんじゃない。それは根気がないか、運がないかのどちらかだから。

話の流れとしては、自分も紹介される時には様々な職業を経験してきた苦労人、などと言われるけれど、それはデビューが遅かった作家を売り出すための出版社のレトリックであって、自分は自衛隊とアパレル業しかやっていない、そもそも……、ということになるのですが。

どうしてこの言葉が気になったかというと……

吉川英治という人は、作家デビューするまでに10以上の職を経験してるんですけど。

会の最後を、「尊敬する吉川英治先生に一歩でも半歩でも近づきたい」という言葉で締めてくださった浅田さんですが、そのあたり、わかっていておっしゃったのか、ご存知なかったのか(微笑)

ただ、どんなに多彩な才能を持っていても、あれにもこれにも手を出している人は、これと決めてひとつの事に打ち込んできた人には絶対勝てない、という浅田さんの言葉(学生相手に講演する時には決まって話すそうです)は、吉川英治の座右の銘のひとつである「大衆即大知識」という言葉に通じるものがあるような気はします。

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2008年10月22日 (水)

吉川英治記念館文学散歩

初めての試みである吉川英治文学散歩に多数の方々からご応募をいただきました。
ありがとうございました。

さる18日に受付を締め切り、抽選によって当選者を決め、全応募者に、昨日通知を発送いたしました。
ほとんどの方には今日到着すると思います。

当選者の方、おめでとうございます。
当日のお越しをお待ちいたしております。

残念ながら落選となった皆様、申し訳ございません。
実は、予想以上に多くの方々からご応募いただいたので、もう一度同じ内容の文学散歩を募集しようということにきまりました。
時期は来年の5月中旬を予定しています。
来年3月までには詳細を告知いたしますので、もしよろしければ、改めてご応募下さい。

これから鋭意『文学散歩のしおり』を作成します。
せっかくたくさんの方にご応募いただいた企画ですから、ご満足いただけるよう準備いたします。
お楽しみに。

って、自分にプレッシャーをかけてどうする(苦笑)

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2008年10月 9日 (木)

『篇外余録』の謎

さて、実は、その「三国志」新装版の担当者の方から、物語が終った後に『篇外余録』があるのもすっきりしないので削除したいのだが、これは初めからあるものなのか?という問い合わせを受けてました。

吉川英治は長期にわたる小説の連載中に、物語を小休止して、途中に随想を挟むということを、しばしば行っています。
よく知られているのは「新・平家物語」や「私本太平記」の連載中に挟んだ『筆間茶話』というタイトルの随想です。
これらは本編とは切り離され、「随筆新・平家」「随筆私本太平記」として別に単行本化されています。

では、この「三国志」の『篇外余録』はどうだったのか?

問い合わせを受けて調べてみたところ、以下のようなことがわかりました。

吉川英治の「三国志」は、『中外商業新報』という新聞に昭和14年8月26日から連載が始まりました。

『中外商業新報』は、現在の『日本経済新聞』の前身ですが、『日本経済新聞』になるまでに合併などで何度か紙名が変わっています。

「三国志」連載中の昭和17年11月1日にも、『日本工業』『経済時事』という二つの新聞と合併して『中外商業新報』から『日本産業経済』に紙名が変更されています。

「三国志」は紙名変更直前の10月30日に連載第949回に達していましたが、変更後は11月3日を第1回とする「新編 三国志」に改題されています。
といっても、内容はそのまま継続されているのですが。

そして、翌18年8月19日に第228回で本編が終了しています。
ところが、その翌日の8月20日から『篇外余録』が書き進められ、9月5日まで15回連載されたところで、完全に連載が終了となります。
全てあわせれば1192回の連載となります。

つまり、『篇外余録』は、連載の時点から物語の終了後に追加されていたんですね。

物語がキレイに終了した後に、どうしてそんな蛇足ともいえる部分を追加したのかといえば、おそらくは日付に関係があるのでしょう。

連載小説を次のものに切り換える時は、やはり切りのいいところで切り換えたいもの。
8月19日に前の作品が終って、翌20日から次の連載というのは、中途半端な感じになってしまいます。

昭和18年のカレンダーを見ると、8月31日は火曜日で、9月5日は日曜日。
8月31日で終ると週の途中での切り換えになるので、9月5日まで連載して、翌週から新連載を始めたかったのでしょう。

そう考えると腑に落ちます。

ただ、吉川英治の他の新聞連載作品を確認してみると、中途半端な日付で連載を始めたり終えているものはいくらでもあります(例えば「宮本武蔵」の連載第1回は昭和10年8月23日で金曜日、最終回は14年7月11日で火曜日)。

それなのに、なぜ?

ちょっと謎です。

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2008年10月 8日 (水)

新装版

この度、吉川英治「三国志」の文庫新装版が出ることになりました(講談社文庫 2008年10月15日)。

もちろん、まもなく公開される映画「レッドクリフ」の便乗ですが、なにか?(笑)

さて、吉川英治の「三国志」は、『桃園の巻』『群星の巻』『草莽の巻』『臣道の巻』『孔明の巻』『赤壁の巻』『望蜀の巻』『図南の巻』『出師の巻』『五丈原の巻』に分かれています。
この新装版の特徴、というか“こだわり”は、これらの各巻が別の本にまたがらないよう、全5冊の中に2巻ずつ納めていることです。

ちなみに講談社文庫の旧版も吉川英治歴史時代文庫版も全8冊ですから、5冊にすると、その分1冊の厚みが・・・・・・
750ページ前後あります。

もうひとつの特徴は、過去の版には存在した『篇外余録』を削除したこと。

実は過去の版には『五丈原の巻』で物語が終った後に、三国志の時代背景を説明した『篇外余録』があったのですが、物語の余韻を生かすために、今回はあえてそれを除いてあります。
文庫の裏表紙に「吉川英治の名著『三国志』本編のみをまとめた新装版」と書かれてあるのは、そういう意味です。

過去の版とは以上のような相違点がありますので、既にお持ちの方はコレクターズアイテムとして、これから読む方は日本版「三国志」の決定版として、ぜひお買い求め下さい。

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2008年10月 7日 (火)

緒形拳さん

緒形拳さんが急死されたとか。
驚きました。

緒形さんは元々は劇団・新国劇にいた方です。

新国劇といえば、吉川英治原作の「宮本武蔵」を定番のひとつとしていましたが、緒形さんは、そこでは端役しか演じていません。

それよりも、吉川作品との関わりで言えば、NHK大河ドラマの「太閤記」でしょう。
緒形さんは主役の秀吉を演じました。
それが昭和40年のこと。

翌41年には、その「太閤記」を新国劇で舞台化して、各地で公演を行っています。
もちろん、緒形さんが秀吉を演じています。

緒形さんは、その当時のことを、「「サル」を演じて」(「吉川英治全集月報10号 昭和42年4月)という文章に書いています。

初めは演技力にも自信はなかったし、秀吉のスケールの大きさが壁に思えた。
しかし、秀吉、ひいては原作者の吉川英治の大きさに挑むというより、ある男のひたむきな一生を、自分なりに生きてみればいいのではないかと思うようになった。
そして、それをやり遂げて、人の評価はどうあれ、自分にとっては良い仕事、全力をつくした良い仕事だったと思った。
さらにその舞台で全国をまわってみて、観客の姿から、「サル」は日本人の心の中に生きていると感じ、改めて吉川文学の大きさにうたれ、俳優としての幸福感を味わった。

そんなことを書いた最後を、こう結んでいます。

 先生の本の面白さの中に、克明に描かれている人間像、これを追って行きたいと思います。俳優として、人間として共に成長したいと思います。
 そして、吉川先生の云われる「我以外皆我師」という言葉を私が云ったとしても、なんでもなく聞こえる人間に、だんだんとなって行きたいと思います。

ご冥福をお祈りいたします。

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2008年10月 5日 (日)

東映時代劇傑作DVDコレクション

デアゴスティーニが現在隔週で発行している「東映時代劇傑作DVDコレクション」の第2号「宮本武蔵 巌流島の決斗」を、製作した会社からご寄贈いただきました。
ありがとうございました。

作品ガイドなどを掲載した冊子に作品のDVDが付いたもので、1890円。

なんだ、日本映画だってこれくらいの価格でDVD出せるんじゃん、と個人的には思ってしまうお値段です(日本映画のDVDは総じて高い!)。

ただ、これは内田吐夢監督で昭和36年~40年に5部作で製作されたものの最後の作品なので、多少中途半端な感じはありますが、どれか1本だけ選ぶなら、この選択しかないでしょうね。

中村錦之助の武蔵もさることながら、高倉健の佐々木小次郎が見られる作品でもありますし。

シリーズとしての全体のラインアップは、この冊子からはよくわかりませんが、時代劇がお好きな方は、要注目といったところですね。

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2008年10月 4日 (土)

写真コンテスト入賞作品展

第11回吉川英治記念館写真コンテスト入賞作品展を本日から開催します。

ちなみに「水」「よろこび」「男と女」というテーマで募集したものですが、個人的には、テーマを決めた時に「これはどうなのかな?」と思った「水」をテーマにした作品が、案外視覚的に魅力のある作品が多かったのが印象的でした。
考えてみれば普遍性のあるものですから、抽象的な「よろこび」よりも作品化しやすかったのかもしれません。
「男と女」は、何となく予想がつきますしね(笑)

実は、私の不手際で、まだサイト上に上位入賞作品を掲載していませんので、リンクをつけてご紹介することは出来ませんが、ご興味のある方はぜひご来館下さい。

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2008年10月 2日 (木)

サライ

雑誌『サライ』の10月16日号の特集は「嗜まない人も楽しめる「あの手この手」サライ流ゴルフ」。

その中に「文士のゴルフ交遊録」というコーナーがあり、吉川英治・丹羽文雄・石川達三・獅子文六・石坂洋次郎・城山三郎が取り上げられています。

なんと表紙が吉川英治夫妻の写真になっています。
こんなにでかでかと吉川英治の写真が表紙を飾るなんて、一体いつ以来でしょう?
ちょっとビックリ。

中身には当館の所蔵資料も複数登場していますので、ご興味のある方はどうぞご覧になって下さい。

ちなみに、吉川英治は城山三郎以外の四者とは、一緒にラウンドしたことのある仲です。
というのも、吉川英治がゴルフに打ち込んだのは晩年にあたる昭和20年代後半から30年代にかけての時期。
作家の間でのゴルフ熱が高まり、出版社や新聞社の主催する≪文壇ゴルフ大会≫が盛んに行われた頃でした。

逆に、近年の作家で名前が挙がっているのが、城山三郎のみで、しかもその城山三郎も昨年物故しているというところに、現在の「作家とゴルフ」の状況が何となく垣間見えます。

若い作家はゴルフよりもゴルフゲームかも。

ということで、小学館のMさん、お約束通り、ブログのネタにさせていただきました(笑)

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