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2008年12月 3日 (水)

小倉・門司散歩のおまけ

昨日触れた「宮本武蔵座談会」には、吉川英治が「随筆宮本武蔵」に取り上げたもの以外にも面白い伝説が紹介されています。

その中から宮本武蔵顕彰碑についてのものを拾ってみると、

・武蔵の碑は巌流島の方向を向いて立っており、向きを変えても自然にその方向に戻ってしまう。

・参勤交代の行列が武蔵の碑の高さをはかろうと、比較のために槍を差し上げたところ、槍先より碑が高かった。そこで槍を継ぎ足して試してみたが、やはり碑の方が高くなった(つまり碑が伸びたということ)。

・碑文の文字を最初から終いまで読み終わると碑が動く。

・碑文の文字を写し取ろうとすると、文字がボンヤリとして、どうしても写し取れない。

というようなものがあります。

これらの話から受けるのは、小倉の人々は、宮本武蔵を敬愛しているというより、恐れている、という印象です。

思えば、巌流島も、決闘に勝った宮本武蔵ではなく、佐々木小次郎の流派の名が島の名となって残っているわけですし、宮本武蔵を郷土にゆかりの偉人として諸手を挙げて受け入れているという感じは、実際に小倉を歩いてみても感じませんでした。

もし武蔵を強く敬愛していたら、手向山に小次郎の碑を造るというようなことにはならなかったでしょう。

そう言えば、風師山まで私を運んでくれたタクシーの運転手は、武蔵の碑のある手向山のことを、昔は草ぼうぼうで、マムシがよく出たので≪マムシ山≫と呼んでいた、なんて話をしてくれました。
先日訪ねた時は、11月下旬ということもあってか、雑草も少なく、きれいになっていましたし、犬の散歩やウォーキングに来ている人にも出会いましたが、かつては近づき難い場所だったのでしょう。

まあ、通りすがりの旅人の印象ではあるのですが。

いかがですか、小倉の皆さん?


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