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2008年12月20日 (土)

文藝の三越

1904年の今日、東京日本橋の三井呉服店が三越呉服店と改称し、デパート式の営業を始めたのだそうです。

その三越と吉川英治の関わりについては、以前、こんな形で触れたことがあります。

そこで取り上げた『文藝の三越』という冊子ですが、web上で検索してみると国会図書館や東京大学ぐらいにしか所蔵がないようで、なかなか目にする機会も少ない資料だと思いますので、少し詳しくご紹介してみます。

冊子と書きましたが、版型は四六版、表紙はハードカバーで、ノンブルのあるページ数が254ページもある立派な本です。
定価三十五銭となっており、有料で販売されたようです。

緒言には、明治40年以来、三越が文芸学術の振興のために度々懸賞募集をしてきたことを述べ、この『文藝の三越』は、大正2年9月締め切りで募集したものの優秀作品を集めたものであることを書いています。
もっとも、募集規定には

一、各種文芸の材題は、多少三越呉服店と交渉あるものなる事を望む

とありますから、これは宣伝ですと言っているようなものですが。

この時に募集した部門は20部門。
それを書き連ねてみると、

脚本、小説、論文、写生文、狂言、お伽脚本、お伽噺、長唄・常磐津・清元、唱歌、落語、一口噺、端唄、和歌、俳句、川柳、狂詩、狂歌、情歌、表紙図案、写生画(スケッチ)

となっています。
現在ではちょっとピンと来ないものもありますが、これがその当時の庶民にとっての身近な≪文藝≫だったということでしょう。

応募には条件や課題が与えられているものがあり、脚本は『喜劇 一幕物』、論文は『流行の将来』か『三越論』を選択、唱歌は題が『三越の歌』、川柳は題が『三越』になっています。

選者の顔ぶれも錚々たるもので、今でも名の通る人をかいつまんでみると

岡本綺堂(脚本)、幸田露伴(小説)、森鷗外(小説)、巌谷小波(お伽脚本、お伽噺、狂言)、半井桃水(長唄・常磐津・清元、端唄)、岡鬼太郎(落語、一口噺)、前田曙山(一口噺)、井上通泰(和歌)

といった名が見えます。

賞金総額は三千円。
一等賞金が高いのは脚本、小説で三百円。次いで論文、お伽脚本、表紙図案で百円。写生文、お伽噺、狂言、長唄・常磐津・清元、唱歌、落語は五十円。端唄が三十円。残りの一口噺、和歌、俳句、川柳、狂詩、狂歌、情歌、写生画は二十円になっています。

和歌や俳句より一段下に見られがちな川柳や狂歌が同じ賞金額なのに対して、端唄がちょっと高い三十円になっているなど、当時の感覚は、現在とは相当違っているようです。

応募総数は35897。
最も多いのは俳句の10972。次が川柳の8943。5000を越えているのはこの2部門だけで、1000を越えているのはこの他に一口噺(2369)、和歌(3213)、狂歌(4034)、情歌(3654)の4部門。
最少は狂言の31で、論文(98)、写生文(42)、お伽脚本(52)を加えた4部門が応募が100未満です。

「外に規則違犯 三百九十八」とあるのは、三越に無関係なものだったんでしょうか(笑)

長くなったので、明日に続きます。

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