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2009年4月15日 (水)

手紙の行方

漫画の原稿が大量に盗まれ、古書店に持ち込まれるという事件があったようです。
犯人は26歳の女性だそうですが、そんな若い女性がどうして「やる気まんまん」の原稿を盗もうと思ったのか、謎ですね(苦笑)

しかし、こんな話は昔からいくらでもあって、古書業界に通じている方なら、それだけで本が何冊も書けるぐらいネタがあるでしょう。

吉川英治も、随筆にこんな話を書いています(随筆「ふる手紙」)。

九条武子から佐々木信綱へあてた手紙が大量に古書市場に出てきたので、どうしてそんなことになったのかと古書店の主人に尋ねたところ、夏の大掃除か虫干しの際に紙屑屋に持ち去られたものだということであった、という話です。

随筆のタイトルである「ふる手紙」とは、その九条武子の手紙ということではなくて、英治自身の手元に残っている自分宛の書簡のことですが、どんなものが残っているかということを書いているものが、実に興味深いものです。

女から来た手紙に、父が附箋を附けて、それへ赤鉛筆で「いいかげんにせよ」と書いてあるのなどもたしか混っている。その他ずいぶん自分にとっては赤面のものもあるし、今は知名の士で、世に出ては工合の悪かろう文通もある。(略)子に甘かった母の手紙など思うとやはりもう一度閑日にゆっくりひろげて母の乳の香をしのびたいなどという慾も出る。どうしてその時ごとに焼いてしまわなかったかと、その負担に今では悔いているのである。

この随筆は昭和9年頃に書かれたものですが、では、これらの手紙がその後どうなったのかというと、

かつて吉野村へ疎開した荷物の中にも、何やら大事そうに細引をかけた古ツヅラが一箇あったので、解いてみたら、その中の物は、みんな綿みたいになった古手紙やら古葉書ばかりだった。(略)そのときは明日も知れない世だったから、母の手紙一、二通を残したほか、みんな焼き捨ててしまった(後略)(随筆「手紙焚き」より)

ああ、もったいない(苦笑)
残っていたら、いろんなことがわかったでしょうに。

以後、年に1、2回は手紙焚きをして、焼くには惜しいもの以外は処分してしまったのだそうで、確かに、当館に移管された吉川英治への来信書簡類は、吉川英治の多様な交流に比して、数は多くありません。

本当に残念です。

もっとも、手紙などというのは、プライバシーそのものなわけで、そんなものを調べ上げて、その人物を掘り下げようなどというのは、あまり人間として程度の良い話とは言えません。

それも文学研究の一部ではあるのですが、ゴシップ雑誌と大差ない気がして、時々イヤな気分になることも確かです。

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