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2009年4月28日 (火)

旅日記

吉川英治は日記を書かない人だった、と先日書きましたが、ごく稀に吉川英治も日記を書くことがありました。

それが実は旅の時なのです。

ちょっとしたメモ程度ではない、まとまった日記として現存しているのは、

1)昭和17年に朝日新聞特派員として当時日本の占領下にあった南方圏を一巡した際の「南方紀行日誌」

2)昭和25年に連載中の「新・平家物語」の取材旅行に行った際の「新・平家物語取材日誌」

3)昭和36年に連載中の「私本太平記」の取材に長女・曙美をともなった際の「曙美との旅雑記」+「浅春京日記」

このくらいです。

これ以外のものは、取材メモという感じで、日付のあるものもありますが、日記という感じにはなっていません。

今回の企画展「旅の吉川英治」では、(3)を展示しています。
昭和36年3月17~20日という短い旅ですが、17・18日分(これが「曙美との旅雑記」)と19・20日分(こちらが「浅春京日記」)が小型の帖2冊に分けて記載されています。

企画展を行っている部屋が外光を遮断できないので、1冊ずつ交代で出す予定です。
いまは、なぜか後半の「浅春京日記」の方を展示しています。

ま、「なぜか」と言っても、単に私の気まぐれですが。

この旅は、取材旅行ではありますが、長女・曙美をともなっているというところがミソです。
実は、この旅の直前に曙美に対して求婚した男性がおり、英治としてはそれを受諾する気持ちになったので、娘と旅をできる機会も今後ないかもしれないから、あえて曙美をともなったという旅だったのです。

嫁に出す娘との、最後になるかもしれない旅。
それゆえに書き残した日記。

そういう性質のものなのです。

もっとも、そうでありながら、内容を見ると、特に娘への想いを強調することもなく、出来事を淡々と記しているだけの日記になっています。

言葉で伝えずとも、娘が後でこれを見て想うものがあればそれでよい、というような、吉川英治なりの愛情表現だったのかもしれません。

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