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2009年5月 8日 (金)

向島百花園と吉川英治――その4

向島百花園は、一部明治通りに面していますが、入口は、それとは反対側の隅田川に向いた方にあります。
白鬚神社のある側、とも言えます。

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私たちのように明治通りを走る都営バスに乗って、百花園前のバス停で降りると、百花園の外周を半分まわって入口にたどり着くことになります。

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入口の横には、先日触れた小倉家から東京市への寄付までの沿革を刻んだ石碑があります。

さて、入園してみましょう。

現在、園内にはあまり建物はなく、四阿と祠を除けば、御成座敷と小さな売店があるばかりですが、「新撰東京名所図会第13編 隅田堤 中」に収録された『百花園之図』という絵を見ると、≪梅洞水≫という井戸の前に大きな建物があります。

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どうやら、これが茶店のようです。

「馬に狐を乗せ物語」作品中で、おけら吟社の連中は、≪へそ交観会≫の会場まで、この茶店から酒とお膳を運ばせていますし、また、主人公の一人である松井漫太郎に説教してやろうと待ち構えている漫太郎の女房とその父親たちも、待ち伏せている四阿までお茶と酒を運ばせています。

当時の百花園では、そうやって花を見ながら茶菓を頬張ったり、一杯やったりするのがお楽しみだったようです。

現在の売店では、最近では珍しい瓶入りのラムネが売っていましたが、アルコール類があったかどうかは確認し忘れました。

さて、現在の向島百花園は17時閉園ですが、

とやかくと日も暮れて田楽夢吉の亭を中心に、あっちこっちの緑蔭に岐阜提灯の灯る頃おい

という感じで、≪へそ交観会≫は夕刻から始まっているので、この頃は夜のお楽しみもあったようです。

この≪へそ交観会≫ですが、作品中にある案内状の記述では、当日は『へそ』の川柳・俳句・狂歌などを持ち寄るように宿題を出し、そこに加えて、

尚席上即興の玉吟秀詠を園内楽焼にして興ず可く

とあります。

ここでの楽焼というのは、現在でも観光地の体験陶芸教室なんかで絵付けをさせてくれる簡単な陶器のことでしょう。
「隅田堤」の記述によると、当時は園内に陶器を焼く窯があったそうで、そこで楽焼も焼いていたのでしょう。

また、「隅田堤」によれば、茶店では「名物隅田川焼及び萩筆を鬻ぐ」とあります。
≪隅田川焼≫は、隅田川の土を焼いた焼物で、これも園内の窯で焼いていたのでしょう。
「都鳥或は種々のもの」があったということですが、現在の売店でも都鳥の土鈴が販売されていました。

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