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2009年5月31日 (日)

井伊直弼の首は落ちたか――その1

横浜は、今年が開港150年ということで、様々なイベントが行われているようです。

それにちなんで、昨年から個人的に懸案となっていることがあります。
自分なりに調べた上で、このブログに何か書こうと思いながら、雑事にまぎれてそのままにしてしまっていたのですが、不明のままでも一度は何か書いておいた方が良いと思い、以下に、経緯を書いてみたいと思います。

昨年、横浜で郷土史を研究されている方から、≪井伊直弼銅像首切り事件≫は存在していないのではないか、というご自身の研究の資料をお送りいただきました。

≪井伊直弼銅像首切り事件≫とは、このブログで以前に書いたことのあるこの事件のことです。

ご研究の要旨は、乱暴にまとめさせていただくと

・井伊直弼の銅像の首が切られたという公的な記録や報道記事は確認できない。
・この事件に触れた書物は複数あるが、いずれも最終的には吉川英治の随筆「歴史上の人物あれこれ」(厳密には談話筆記)にたどり着き、これ以前にこの事件に言及した文章は見当らない。
・このことから考えて、これは吉川英治の誤認あるいは捏造であって、発生していない事件ではないのか。

ということです。

実は、上のリンク先の文章を書いた時に、ひとつ引っかかることがありました。

銅像のたどった運命について書くにあたって、首を切られた後の銅像がどうなったのかを確認しようと思ったのですが、それについての既述が見つけられなかったのです。

問題の井伊直弼の銅像は、昭和18年に戦時中の金属供出のために撤去されるまで存在していました。
もちろん、首が切れた状態ではなく、ちゃんとした全身像で、です。
それは当時の写真で確認できます。
ということは、銅像の首が切られたのなら、事件の後すぐに何らかの形で再建されたことになります。

頭部だけを作り直して接続したのなら、首にその痕跡が残るでしょう。
しかし、私が見た何枚かの写真は、古い出版物に掲載された写真で鮮明ではないこともあって、そんな痕跡は見受けられませんでした。
傍目にはわからないようにきれいに修復したのかもしれませんが、もしそうだとしても、供出のための撤去の際には確認できたはずで、その時に改めて話題になっていてもおかしくないはずです。

全身を作り直した可能性もありますが、そのような大事になったなら、何か記録が残っていてもいいはずです。
また、そうなったら、再度除幕式を行ったかもしれません。

首が切られたものを再建したのなら、当然起こるであろうそうした出来事の記録が見当らないのです。

見当たらないと言っても、当館の所蔵資料や、私が個人的に買った資料などほんの数点しか確認していないので、ここのところをちゃんと調査した上でこの文章を書こうと思っていたのですが、思っているうちに開港150年が過ぎてしまってはと思い、とりあえず書いてみました。

なんにせよ、管見の限りでは、誰も首を切られた銅像のその後を知らないのです。

しかし、事件が実は発生していなかったのだとすれば、それも当然ということになります。

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