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2009年5月 4日 (月)

向島百花園と吉川英治――その1

機会があったので、向島百花園に行ってきました。

なぜそれが「吉川英治文学散歩」なのか。

ひとつには吉川英治がその近隣に居住していたということ。

吉川英治の自筆年譜によれば、大正8年に「向島寺島へ転居」とあり、同11年に千駄木に転居するまでの約3年間居住していたことになります。
年齢的には27歳から30歳という時期。

吉川英治は70年の生涯に30回ほど引越しをしていますので、3年ならば、まず平均的なところということになります。

この「向島寺島」の住所というのは、吉川英治の戸籍謄本に記載があり、番地までわかります。

その記載とは、

大正拾年六月弐拾九日午後拾弐時東京府南葛飾郡寺島町千百弐拾番地ニテ死亡

というもので、これは、実は吉川英治の母・いくが亡くなった際の記述です。
吉川英治にとっては、最愛の母親を亡くした地という点で、重要な場所と言えます。

ちなみに、当時の住所=寺島町1120番地ですが、現在の墨田区東向島のどこかに当たるはずですが、細かい所は確認していません。
ただ、蝸牛庵と名付けられた幸田露伴邸の近くだったようです。

もうひとつは、向島百花園が登場する作品があること。
しかも、そこには吉川英治自身の若き日々が反映されている、ということです。

その作品は「馬に狐を乗せ物語」。

その成立の経緯については、以前にも触れたことがありますが、今回はもう少し細かく見ていこうと思います。

ということで、以下次回。

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