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2009年6月21日 (日)

健康マニア

では、企画展「書簡に見る吉川英治の交遊」で展示している書簡について、少しご紹介してみます。

戦後、菊池寛が公職追放となり、文藝春秋社の社長を辞した後、文藝春秋新社の社長となり、手腕を振るった人物に佐佐木茂索がいます。
その佐佐木宛に吉川英治が送った昭和28年12月2日付の書簡を展示しています。

その冒頭の一文は

京都の人間医学社から別便で“酵素”なるものとパンフレットなど送らせます

となっています。

人間医学社というのは、検索してみると現在も存在している会社で、当時は酵素療法というものを広めていたようですが、吉川英治がそれを試してみたらなかなか良かったので、佐佐木に対して、実物を送るからやってみないかと勧めている書簡なのです。

実は吉川英治は言ってみれば≪健康マニア≫で、健康食品や健康法を色々と試してみるのが好きだった人なのです。

この酵素療法の他にも、断食療法に挑戦してみたり、電気治療にはまって巨大な電気治療器を購入して自宅に設置してみたり、というような一面がありました。

これは若い頃からその傾向はあったようで、英治の20代当時の川柳仲間だった木津柳芽によると(吉川英治全集月報所収「雉子郎さんのこと」)、

まだ二十代の頃、吉川さんは、小さな罐からブリキの匙ですくって胃の薬をのんでいたが、私が「よくのむね」というと、「わたしゃ、これが好きでね」と云ったことを覚えている。

とのこと。

吉川英治には、自分は胃腸が弱いという自覚があったようですが、それでも、これは症状に対する治療というよりは予防的に習慣としてのんでいたということでしょうから、いささか健康食品的でもあります。

また、戦時中の南方圏一巡の視察旅行の際の日誌には、モグサを持参して自分で灸をすえていたことが書かれています。
自分にだけでなく、以前書いたように人にもすえていますから、大したものです。

そんな吉川英治の姿がうかがえる書簡です。

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