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2009年7月31日 (金)

松川事件裁判

企画展「書簡に見る吉川英治の交遊」、次にご紹介するのは吉川英治宛の広津和郎書簡(昭和36年7月8日付)です。

戦後、GHQ治下の日本で発生した国鉄をめぐる三大事件と言えば、下山事件・三鷹事件と松川事件です。

この松川事件に疑問を抱き、その裁判について詳細に記録したのが、作家の広津和郎でした。

事件の発生は昭和24年8月17日、最高裁が検察の上告を棄却し、被告全員の無罪が確定するのが昭和38年9月12日。

その長い裁判の過程で、吉川英治は広津の呼びかけに応じ、公正判決要求書に署名しています。
これには川端康成、志賀直哉らも連署していました。

この要求書は、仙台高等裁判所での二審判決の前に担当裁判官に対して提出されたもので、提出されたのは昭和28年10月26日でした。

さて、今回展示している書簡の日付は昭和36年7月8日。

最高裁判所で二審判決が破棄され、仙台高裁に差し戻されたのが昭和34年8月10日。
そして仙台高裁での差し戻し審の判決が言い渡されるのが昭和36年8月8日。

この差し戻し審判決で被告全員無罪の判決が出るのですが、その1ヶ月前の書簡です。

この書簡で広津は、改めて裁判長に送る要請文に賛同者として署名をしてもらいたいと依頼しています。

つまり、差し戻し審でも二審判決の時と同様にしたいということですが、私は粗雑な人間なので、ずっとこの書簡は二審の時の公正判決要求書のことだと思い込んでいました。

違ったんですね。

広津の著作などを見てみると、昭和28年の公正判決要求書以外には、昭和38年の最高裁による上告棄却の直前に同様の要求書が提出されていますが、昭和36年については言及がありませんでした。
ということは、署名を依頼したものの、この時は実行しなかったということでしょうか。

いずれにせよ、広津による作家たちへの働きかけの様子がわかる書簡です。

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