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2009年7月 1日 (水)

親友

「書簡に見る吉川英治の交遊」ですが、吉川英治の方から出した書簡ばかり紹介しましたので、今度は受け取った方の書簡を。

ちなみに、展示中の菊池寛直木三十五、あるいは椋鳩十のものは以前に触れたことがありますので、そちらをご参照ください。

あ、三笠宮殿下のものもこんな話をご紹介したことがありました。

さて、ここでご紹介するのは、川上三太郎から吉川英治に宛てた昭和37年2月3日付の書簡。

川上三太郎は、川柳の世界で≪六大家≫と呼ばれたうちの一人。
英治が≪雉子郎≫の名で川柳をやっていた20代の時からの、自他共に許す親友でした。

昭和36年10月2日、英治は肺がんによる体調の悪化から入院することになります。
手術を経て、いくらか体調が良くなったということで、12月31日に試験的に外出すると、英治はそのまま強引に退院してしまいます。
そうした状況の中、婚約中だった英治の長女・曙美が、大学を中退し、結婚することになりました。
英治に体力があるうちに、ということだったのでしょう。
結婚式は昭和37年2月21日に執り行なわれました。

川上三太郎の書簡は、その結婚式に招待されたことへの礼から始まります。
そして、英治の入院にいかにショックを受けたかを綴っています。

印象深いのは、入院中に一度も見舞いに行かなかったのは、「怖くて出来なかった」のだと書いているくだり。

川上三太郎が吉川雉子郎を思い描いて詠んだ句に

友だちのうしろ姿のありがた味

というものがあります。

そこまでの思いを抱いている親友の衰えた姿を見ることへの恐れ、そして、この世からいなくなってしまうかもしれないということへの恐れ、それが病院へ向かう足を止めさせたということなのでしょう。

友情の深さを感じさせる書簡です。

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