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2010年7月31日 (土)

舌のすさび

まったく更新をサボっておりますが、先日告知した「重松清さんを囲むひととき」の募集は明日からスタートです。

ご興味のある方はこちらを。

それにしても、企画展「吉川英治の酒と食」にあわせて、吉川英治の食にまつわる随筆などを紹介していくつもりでしたが、ついそのままにしているうちに、会期ももうあと1週間になってしまいました。

そんな訳で駆け込みで、ネタ出し。

以前、吉川英治の食について、こんなことこんなことを書きました。
そのうちの後者で書いたように、吉川英治にも、実際には食についてあれこれ書いた文章はあるのです。

吉川英治の戦前の随筆集に「窓辺雑草」(育生社 昭和13年7月5日)というものがあるのですが、これには『旅と舌』という章があって、そこに食について書いた随筆がまとめられています。戦後も「吉川英治全集」や六興出版版の「随筆私本太平記」に掲載されています。

例えば、

 僕が河豚好きだという評判がジャーナリスト連などに高いようだが、僕が本当に好きなのは河豚料理に出てくるあの糸のように細い小ネギが迚も好きなのだ。
(略)
 また値段の話になるようだが、東京の河豚屋は皆値が高い。それに厳めし過ぎる。いかにも料理であり過ぎるのである。河豚料理なんてそんなに改まって食うものではなく、夜寒にやり切れなくって一口突ッつくぐらいが河豚料理の醍醐味なのだろう。(略)
(随筆「夜寒・一口ばなし」より)
 あれほど美味いという河豚も、もしあの刺身の黄橙酢に添える浅葱と、チリ鍋に入れるこれが冬の畑の物かと目を醒ますような青々した春菊がなければ、僕は箸を出す気になれまいと思う。(略)
(随筆「河豚」より)

十分“食通”っぽい文章ですよね(微笑)
そもそも「河豚」などというタイトルの文章を書いている時点で、ねぇ。

あるいは、最初の随筆集である「草思堂随筆」(新英社 昭和10年9月20日)に収録された「土」という随筆では、

 掘りたての筍を食べると、五月の土のにおいがする。筍は栄養価のない物だそうであるが、初夏の土のにおいは、精神的に栄養づける。大谷句仏が食味の中で、京都の筍を礼讃しているので、今年は嵯峨の筍を送ってもらったが、土のにおいが失せていて、やはり東京の近郊の物の新鮮なのには及ばない。

などとあったりします。

しかし、戦後になると、こんな“食通”ぶった文章はほとんど書かなくなり、最後にはこんなことを書き残しています。

 なんのかのと言ってみるが、要するにこっちの舌もすさんでいるのだ。日に煙草を六、七十本も吸う舌で食を語るなどはおこがましい。(略)
(随筆「舌のすさび」より)

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