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2010年8月28日 (土)

吉川英治の家族と家

本日より、表記の企画展を開催しています(10月11日まで)。

よく来館者の方から、「この場所と吉川英治にはどのような関係があるのですか?」としばしばお尋ねをいただきます。
「吉川英治が昭和19年に疎開し、そのまま戦後28年まで、約10年間住んだ場所です」とお答えすると、時々、たった10年弱の関わりでここに記念館があるのか、と言わんばかりな表情をされる方が(実際に口に出す方も)いらっしゃいます。
確かに、生家とか、終焉の地とか、そういう場所ならば記念館があるのもわかるけれど、50代の10年間を過ごした場所というくらいでは、記念館がある意味が薄いんじゃないの?、という感想を持たれるのも、わからなくはありません。
しかし、ここには、ちょっとした誤解があるように思います。誤解と言うより、想像外と言うべきでしょうか。

実は、吉川英治は、その70年の生涯の中で、およそ30回の引越しをしているのです。
厳密な数字は判然としないのですが、30ヶ所の家に住んだとすると、1ヶ所あたり2年4ヶ月ということになりますから、10年というのは平均の約4倍で、非常に長く住んでいたことになるのです。

実際、吉川英治がその生涯でもっとも長く居住した家が、旧吉野村=青梅の家なのです。

さらに言えば、そのような短い期間で引越しを繰り返した吉川英治は、その多くの家が借家でしたが、青梅の家は買取った家でした。
それだけ、青梅の家には思い入れがあったのです。

この企画展は、引越しを繰り返した吉川英治の人生と、ここ青梅の家は吉川英治にとって特別な思いのある場所であり、それ故に記念館があるのだということを、皆さんに知っていただきたいという思いから開催するものです。

会期中の9月7日(火)には、毎年恒例の英治忌も開催しますので、ご興味のある方はぜひお運び下さい。

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