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2010年12月18日 (土)

吉川英治、久保天随に叱られるの巻―その3

さて、吉川英治が当時名乗っていた≪霞峰≫は、既に触れたように川柳欄(阪井久良岐選)に登場します。
≪横浜 吉川霞峰≫として「十五夜を南無阿弥陀仏と子は拝み」が入選しています。
ちなみに、吉川英治は明治25年生まれですから、この時満13歳。
達者すぎる句ですね。

ひとつ、気になる投稿も見つけました。

和歌の欄(佐々木信綱選)に≪横浜 吉川霞翠≫という名が見えます。
これは、他人なのでしょうか、それとも誤植でしょうか?
偶然にも同じ横浜に同じ吉川姓で、一文字違いの雅号の持ち主がいたのでしょうか。

それより、≪峰≫には≪峯≫という字体もありますから、それを誤植されたと見る方がありえるのではないかと、私には思えるのですが、いまとなっては確認する術もありません。

そして、この『ハガキ文学 一週年紀念号』には、もう一ヶ所、≪吉川霞峰≫の名があります。
それが、表題に関わる話となります。

この雑誌には、久保天随選による漢詩のコーナーもあります。

久保天随は漢学者・漢詩人ですが、「三国志演義」の翻訳でより広く知られている人物でしょう。
吉川英治自身も久保天随訳の「三国志演義」を愛読したことを書いていますし、それこそ、吉川英治の「三国志」が登場する以前における、日本の「三国志」の定番だったと言えるものです。

その久保天随選の漢詩コーナーに≪横浜 吉川霞峯≫(ここでは峰ではなく峯になっています)の名がありました。
しかし、様子が変です。
投稿者の名があるにもかかわらず、詩の横に「落合東郭作」と書かれているのです。
よく見ると、≪横浜 吉川霞峯≫の投稿詩を含む3つの詩が、特別に罫線で区分けされたうえで、その冒頭に「詩盗判」と記されているのです。

つまり、「以下の3詩は盗作であると判明しました」と断定されている、ということになるのでしょう。

ちなみに、落合東郭は熊本生れの漢詩人で、夏目漱石が熊本の五高の教師であった時の同僚でもあります。

盗作を指摘されるとは、不名誉なことですが、しかし、盗作にも程度はあるでしょう。
有名な詩ではないからバレないだろうと丸パクリしたものか、骨格はそのままに一部の表現を変えただけのものか、表現はほとんど重ならないが明らかに下敷きにしたとわかるものか、逆に一部の表現だけ同じになっているものか、状況はいろいろ考えられます。
ここに掲載されている≪霞峯≫の詩が、そのどれに当たるのか、まだ調査していないのでわかりません。

ちなみに、こんな詩です。

天風吹作海濤声
鶴背高寒夢不成
萬壑群山松樹老
仙壇夜静月明生

これとそっくりの落合東郭の詩が存在しているのかどうか。
自分で調べるべきことですが、何かご存知の方があれば、ご指摘いただけると助かります。

さて、これが悪意ある盗作だとしたら、私ならばペンネームを変えて同一人物と知られないようにするとか、二度と漢詩は投稿しないとか、そういう対応をとるところです。
しかし、吉川英治は、その後も≪霞峰≫の名で投稿を続け、漢詩のコーナーでも入選したりしています。

その点からすると、どうしても掲載されたくて選者が知らないような有名でない漢詩をパクった、ということではないのではないかと思えます。

いずれにせよ、日本の「三国志」受容の歴史に名を残す二大人物が、妙な形であいまみえていたという、ちょっと面白いエピソードです。

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