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2011年2月 8日 (火)

忍者と麻の実(1)

このブログのアクセス解析からたどって、こんな文章に行き当たりました。

以下の話はこのブログに書いたことがあるように思っていたのですが、検索しても引っかかってこないので、気のせいだったようです。
そこで、この機会にご紹介してみます。

私が小学校の頃に買った子供向けの忍者について書いた本にも、忍者の修業法として、「成長の早い麻の実を蒔いて、その上を毎日飛び越えて、跳躍力を鍛える」という方法が出ていました。

夏目氏も触れているように、この修業法は吉川英治の「天兵童子」に登場するのですが、単に登場するだけではなく、実は、これは吉川英治が創作した修業法なのです。

「天兵童子」は『少年倶楽部』昭和12年9月号~15年4月号に連載された作品。
その序盤に「地へ蒔く麻の実」「知らずや天兵」という章がありますが、そのタイトル通り、ここに上記の修業法が登場します。

この修業法は、あるヒントから吉川英治が創作したということを、この「天兵童子」の連載挿絵を担当した画家の伊藤彦造(伊藤新樹)が書き残しています。

(略)吉川先生がひょっこり訪ねて来られたことがあった。
「あなたは一刀流の使い手で、伊藤一刀斎が御先祖だそうだが、一度真剣の使い方を見せて下さらぬか」とのご注文であった。
 そこで私は秘蔵の大和雲林院の銘刀を持ち出し、抜き付け・飛びちがい・飛び斬り・突き・抜き打ちなど、五本ばかりを連続にお目にかけた。
「すごいですなあ。(略)特に抜き付けと同時に天井へ飛び上がったには驚きました。あれはどんなにして勉強するのですか」
 さすがの吉川先生も逆斬りと飛び斬りに、すっかり度肝を抜かれたらしかった。そこで飛び上りの練習として低い障害物を飛び越えることからはじめ、だんだんとそれを高くして足腰を練っていくのです、とお話しした。それが後の作品「天兵童子」の、「天兵」が麻の芽を飛び越えつつ、飛び上りの練習をするという場面を生んだのであった。
(『吉川英治全集月報』27号収録「吉川先生と私」より)

伊藤彦造の話が確かならば、段階的に障害物を高くしていくという、ある意味ありきたりな修業を、生長する麻に置き換えたわけで、そこに吉川英治の天才的なひらめきを感じます。

伊藤彦造は、「天兵童子」以前に「万花地獄」(『キング』昭和2年1月号~4年4月号連載)の連載挿絵も担当していますが、わざわざ剣の使い方を見学したいというところから推すと、この話は吉川英治が「宮本武蔵」を書き始める昭和10年(連載は昭和14年まで)前後の話なのではないかと思えます。

その「宮本武蔵」にも、この修業法は登場します。
それが、終幕に近い「円明の巻」の「麻の胚子(たね)」という章です。

ここでは、柳生家に仕えて剣の修業をすることを希望する荒木村の少年・丑の助が、今までどのような修業をしたのかと柳生兵庫助に問われ、答えるのがこの修業法です。

ちなみに、この丑の助少年については、自分の家は先祖代々「又右衛門」を名乗っていて、いずれは村の名をとって“荒木又右衛門”を名乗るつもりだと語らせています。
つまり、“鍵屋の辻”の荒木又右衛門ですね。

ちょっとサービスが過ぎるんじゃないかなという気もしてしまうキャストです。

(110219追記)
重要な見落としがあったので、パート(2)でそのことに言及します。

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