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2011年3月18日 (金)

地震の後(2)

3月12日
次第に深刻な状況が明らかになってくる中、朝を迎える。
もし青梅線が運休していたら臨時休館した方がいいかもしれないと考えていたが、朝のニュースで運行するということがわかった。
そのために、あえて開館したが、さすがに来館者は僅か18人であった。
それでも、開館まもなくから閉館ぎりぎりまで、散発的に来館された。
その意味では開けた意味はあったと思いたい。
期日が迫っている仕事があったので少し遅くまで居残り、帰りが遅くなったのでコンビニで夕食を購入しようとしたが、パンが消えていた。商品が入荷できないという。このあたりから買い溜めの嵐が始まる。

3月13日
この日も開館する。
来館者は前日の10倍近い140人ほど。
しかし、本来ならば、この時期の日曜日には、このさらに10倍近くの来館者があってもいいはずなのだ。
何しろ、3月の1ヶ月間に、1年の3分の1の来館者が集中するのが、当館の来館傾向の特徴なのだから。
大打撃である。
そんな中、文化庁の支援事業で行なっていた児童・生徒向けの≪学習パスポート≫を利用する親子連れがいた。
青梅市内の小中高校生と、杉並区内の中学生はこれを持参すると無料で入館できるというものなのだが、使用期限が3月15日という設定になっている。
いわば駆け込み需要というわけだが、そういうことを考える人がいるということは、被災地を除けば、次第に平穏を取り戻し始めているのかな、などと考えていたのだが。
この日は、非常勤で普段は館にいない吉川英明館長が出勤。都内からやってくる道すがら、ガソリンスタンドが大混雑になっているのを目撃したと言う。そう話す館長のケータイに知人から「ガソリンが買えなくなるから給油しておいた方がいい」との電話が入る。
こうしてパニックが拡大するという見本のようなものだ。

3月14日
月曜日で、館は定休日。それを利用して財団の事務局がある講談社で会議を行なうはずだったが、青梅線の運休のため私が都心に出るのが困難となり、取りやめになる。
さらに、東京電力による計画停電という事態となり、電話での相談の結果、とりあえず15日を臨時休館とすることにする。
私としては、せっかくの観梅の時期なので、展示室は閉めたまま、庭園だけ無料開放するというサービスも考えたのだが、不測の事態があってはとの意見や、そもそも人が来ないだろうということで、それはやめることにした。

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