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2011年3月18日 (金)

地震の後(3)

3月15日
臨時休館とはいうものの、諸々対応すべきこともあるので、出勤する。
諸々の対応と言っても、要するに各所に臨時休館の連絡をし、かかってきた電話を受けて臨時休館を詫びる、というのが主たる仕事だが、実際には、来館を予定していた団体からの、行けなくなったという連絡がほとんどで、謝るつもりが逆に謝られてしまうということになる。
文化庁の支援事業はこの日が事業終了日に設定されていたが、当館をはじめ事業に参加した青梅ミュージアム協議会の加盟館全てが臨時休館になったため、今日の営業の終わりを待たずに終了となる。その報告書を作らないといけないので、各所に数字の確認。地元のケーブルテレビ局にあるニュースの放送日を確認したが、この忙しいであろう時に申し訳ないことをしたと、ちょっと反省する。
この日の状況を見て、臨時休館を18日まで継続することを決める。近隣の櫛かんざし美術館なども同様の対応であった。

3月16日
この日まで、やるやると言いながら回避されてきた停電が実施される見込みとなり、各所に対応を問合せ。心配は主に警備装置と火災報知器だが、対応の仕方を教わる。
4月23日に開催する≪草思堂落語会≫の告知記事を載せてくれるはずだった新聞社から連絡。紙面が震災対応になったため掲載できなくなったと言う。これまた集客面で大打撃だ。
青梅は計画停電の第3グループに属しており、この日の停電予定は18:20~22:00の間。多少の心配はあったが、停電の前に帰宅し、自宅で停電をやり過ごす。
それにしても、記事が掲載されなくなったから言うわけではないが、新聞は当面、夕刊をやめてはどうだろうか。新聞社のある東京23区内は、停電のない地域であるが、停電のある地域からすると、そういうところにいる者こそ、より節約をしてもらいたい。そうでないと不平等というものだ。夕刊の発行をやめれば印刷所の節電になるし、なにより、販売店への配送および各家庭への宅配の際に使うガソリンの節約になる。どのみち速報性では放送メディアやインターネットに敵わないのだから。
テレビ局も、そんなに何局もなくていいだろう。やってることに大差はないのだから。曜日ごとに1局ずつ輪番で放送をやめてみてはどうか。そのくらいなら誰も困らないと思うが。
などと暗闇の中で考えたりする。

3月17日
臨時休館3日目。
こんな中でも、資料の展示の承諾依頼やら貸出し依頼やらが他館から入ってくる。まあ、被災地域ではないのだから、臨時休館しているなどとは思っていないのだろう。もちろん、臨時休館しているだけのことで、多忙というよりは、むしろ来館者に対する応対をしていない分、手は空いているから、何の問題もないのだが。
この日は停電の予定が15:20~19:00の間。時間も早いので、停電終了まで館にいることにする。
と言っても、パソコンを使った仕事はもちろんできないし、照明も消えるから、特にできることもない。そこで展示室の掃除をする。普段は定期的に清掃業者が入っているのだが、臨時休館のためにキャンセルしたので、その穴埋めという意味もある。
掃除を終えても停電から復旧しない。前日の停電は2時間ほどで終了したのだが、この日は3時間きっちり停電した。
19:00少し前に、停電からの復旧を確認して、帰宅する。

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