« 吉川英治が撮影した中国(2) | トップページ | きゃら »

2011年5月24日 (火)

吉川英治と藤田嗣治

「吉川英治が写した中国」展のために、吉川英治が撮影したと思われる写真を1点1点チェックしていく中で、ある発見をしました。

いや、単に私が浅学にして知らなかっただけの話で、発見とは大袈裟ですが。

この写真、紙テープが舞っていることから、港を出航する船上から見送りの人たちを撮影したものだということはすぐに見当がつきます。

_01

吉川英治はペン部隊に海軍班として従軍し、揚子江遡行作戦に従事している軍艦に便乗していますが、まさか作戦中の軍艦で紙テープを投げるとは思えません。
となると、行程の中で軍艦以外に乗った船は、日本に帰国する際の上海―神戸航路の船だけなので、これは上海の港での出国の場面であろうと推定できます。

さて、現物の写真は9.5×6.8cmという小さなサイズなので、写っている人物の顔まではよくわかりませんでした。

この写真を含め、一連の吉川英治撮影の写真を全て、展示用パネルにする場合も考えて、1200dpiでスキャナーで読み込んでみました。
その上で改めて1点ずつ見直してみました。

すると、この写真の車の間に立っている人物の姿が、はっきりわかるようになったのです。

_02

この手前の人物の顔、どこかで見たような?

藤田嗣治、じゃないかな。

そう思って、藤田の戦前の随筆集「地を泳ぐ」に収録された「聖戦従軍三十三日」という文章を読んでみました。

昭和13年10月1日に中国での従軍のために東京の自宅を出発した藤田は、上海に到着すると、ちょうどペン部隊海軍班が最前線から上海に戻って来たという噂を耳にする。
そこで10月7日、海軍班の一員であった吉屋信子を、彼女が宿泊しているブロードウェイ・マンションに訪ねる。
そこで「吉川、浜本、北村、佐藤諸氏の元気な顔が次ぎ次ぎに吉屋さんの部屋に現れて来る」。

確かに藤田嗣治と吉川英治は上海で顔をあわせています。
恥ずかしながら、藤田と英治に接点があるとは思っていなかったので、今までこの文章を読んだことがなく、初めて知りました。

ただ、残念ながら帰国する海軍班一行を港で見送ったとは書かれていません。

逆に言うと、写真の人物が藤田なら、随筆には書かれていないちょっとした新事実ということになりますが、これも私が知らないだけで、藤田の研究者には自明のことかもしれません。

わざわざブログで不勉強の恥をさらすのもなんですが、私としてはちょっと驚いたので、書いてみました。

ちなみに、もう1人の男性は、藤田が同じホテルに宿泊中と書いている石井柏亭ではないかという気がするのですが、柏亭の顔をよく知らないので、はっきりしません。

重ね重ね恥ずかしい話です。

|

« 吉川英治が撮影した中国(2) | トップページ | きゃら »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 吉川英治が撮影した中国(2) | トップページ | きゃら »