マリーシア
あるエッセイを読んでいて、「マリーシア」という言葉を知りました。
サッカーファンにはおなじみの言葉のようですが、私はそれほどサッカーには興味が無いので、このエッセイを読むまで知りませんでした。
そのエッセイによれば、その言葉の意味は『プラスの意味でのずる賢さ』ということになるようです。
それは、実際のサッカーの試合の中での振る舞いとしては、ファールを受けた時に実際よりも大袈裟に痛がるとか、それどころか、足が引っ掛かってもいないのに派手に転んで見せるとか、時間稼ぎのために靴紐を結び直すとか、審判に見えないところでユニフォームを引っ張るとか、そういうプレーの事を指すようです。
武士道的な日本人はそれを良しとしないところがあるが、世界的に見れば、決して否定されてはいない、だから日本人ももっと堂々と「マリーシア」を発揮すればいい、というような論旨のエッセイでしたが、「じゃあ、住民のほとんどがマフィアの構成員で、実質的にマフィアが支配している町では、マフィアのように振舞うのが妥当だ、と言いたいのか?」と難癖を付けてみたくなります。
多数派が正しいというわけではないだろう、と。
こんな汚さを推奨するなんて、だからサッカーはよ、と口にしかけて、おや、これは、と思いました。
私がいま感じたことは、宮本武蔵に対する批判的な意見と同じじゃないか、と。
吉岡一門との対決にせよ、佐々木小次郎との決闘にせよ、武蔵は刻限に遅れたり、逆に早く現われたりして、相手の精神状態を掻き乱しておいて、勝利を得ています。
こんな汚い手で相手を倒すなんて、何が≪剣聖≫だ、という批判は宮本武蔵には常に付いてまわっています。
そうか、今度そう言われた時は「マリーシアですよ、それがグローバルスタンダードです」と答えればいいんですな。
別に、武蔵の肩を持つ必要は無いのですが。
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