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2012年2月17日 (金)

吉川英治のことば(3)

今日は箴言的なものを。

身を浅く思ひ世を深く思ふ

これは、宮本武蔵の『独行道』の中にある言葉です。
全部で21条ある『独行道』のうち、「我事において後悔をせず」や「仏神は貴し仏神をたのまず」がよく知られていると思いますが、揮毫する際、この言葉を選んだところに、吉川英治の意思があるのでしょう。

現状は「国を浅く思い党を深く思う」などという皮肉を言うのもバカバカしくなるような状況ですが。

修養とは我を愛する者の我への大願

吉川英治の元書生の方によると、自身が主宰していた日本青年文化協会の会員の若者たちにしばしば揮毫して贈っていたことばだそうです。

小説「宮本武蔵」の中で、奈良井の大蔵の配下となって徳川秀忠暗殺の企てに加担する城太郎が「自己の一身など考えていては天下の大事はできません」と語るのに対して、沢庵が一喝してこう言います。

「自己が基礎(もと)ではないか。いかなる業(わざ)も自己の発顕じゃ。自己すら考えぬなどという人間が、他のために何ができる」

この言葉と通じるものがあるように感じます。

思ひて学び 学びて思ふ

展示してあるこの書には「誡太子之書」と書き添えてあります。
後醍醐天皇に譲位して上皇となった花園天皇が、後に光厳天皇となる量仁親王に与えた訓戒の書が「誡太子書」です。その一節に

縦へ学百家に渉り、口六経を誦すとも、儒教の奥旨を得べからず。何に況んや末学膚受して、治国の術を求むとも、蚊虻の千里を思ひ、鷦鷯の九天を望むよりも愚ならん。故に思ひて学び、学びて思ひ、経書に精通し、日に吾が躬に省るときんば則ち相似るものあらん。

という部分があります(岩橋小弥太「花園天皇」〔吉川弘文館 平成2年〕より引用)。
この一部を抜き出したのが、このことばです。
「誡太子書」が儒教を重視している点から見て、論語の中の言葉を下敷きにしたようです。

心に何も持たずに知識だけを得ても意味が無い、考えながら学び、学んだことから考えるという姿勢が大事なのだ、ということでしょう。

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「没後50年記念 読み継がれる吉川英治文学」

野間記念館にて 3月4日まで

北九州市立文学館にて 4月21日から

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2012年2月15日 (水)

吉川英治のことば(2)

今回は漢語風のものを。

苦徹成珠

これはよく知られた「艱難汝を玉にする」と意味合いは同じでしょう。
吉川英治にこのタイトルの随筆があり、そこでは親交のあった剣道家の中山博道がその修行の心としている言葉であるとして紹介されています。

雲無心

吉川英治は、同じ様なことばで「月無心」という書も遺しています。
雲の流れや月の光に何かを感じるのは、雲や月が何かを語りかけてきているのではなく、自分の心の反映に過ぎない、雲や月に心があるのではなく、自分の心を映す鏡なのだ、というような意味でしょう。
ちなみに、展示しているものは、吉川英治が、建築家・黒川紀章氏の父親で、やはり建築家の黒川巳喜氏に贈ったものを元にした複製になります。

不達不入

一見すると漢籍に基づく四字熟語のようですが、実は英語のゴルフ格言“Never up , never in”を独自に訳したものです。
元々は「カップに届かないボールは、カップに入らない」という意味ですが、こう書くと、もっと深い意味があるように感じます。
挑戦しなければ達成できない、といったところでしょうか。

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「没後50年記念 読み継がれる吉川英治文学」

野間記念館にて 3月4日まで

北九州市立文学館にて 4月21日から

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2012年2月14日 (火)

吉川英治のことば(1)

さて、どのあたりからご紹介しましょう?
希望を持ちたいという思いを込めたものをいくつかご紹介するところから始めてみましょうか。

花々々鳥々々のこの国は四季のよろこび生きあかぬかも

今回の展示品にはありませんが、吉川英治が終戦翌年の春に詠んだ「いじらしや国敗れても梅は咲く」という句があります。
この短歌そのものは、移り変わる四季それぞれの美しさには飽きることがない、ということを歌っているわけですが、私は上記の句を踏まえて、「人間の世に苦しみは絶えないけれど、人の思いとは関係なく、四季の自然の営みは繰り返され、それはよろこびに満ちている、それを心に留めておきたい」という思いで選んでみました。

雪山春不遠

吉川英治の座右の銘に「朝の来ない夜はない」(これも出品)というものがあります。
このことばも、同様のものです。
ちなみに、このことばには、「私本太平記」執筆の際、取材旅行で訪ねた足利氏の菩提寺である鑁阿寺で揮毫したというエピソードがあります。
戦時中の天皇崇拝の強かった時代には、逆臣足利尊氏の縁の寺として不遇であった鑁阿寺にこのことばを贈ったのは、時代が変われば人の評価も変わる、不遇な時代ばかりではない、という気持ちが込められているのでしょう。

たのしみあるところにたのしみ たのしみなきところにもたのしむ

「たのしみなきところにもたのしむ」というのは、なかなかできることではありませんが、辛さや苦しさに絡めとられているばかりでは、やりきれません。
こうした心の余裕を持ちたいものだと選んでみました。

病むもよし病まば見るべし萩すすき

吉川英治が親しくしていた棋士の升田幸三に贈ったことばです。
体調を崩していた升田に対し、焦りを戒め、後の大成のために休むのも悪いことではないと諭したものです。
何か妨げがあって思うように物事が進まない時でも、むしろそうした時こそ、一度立ち止まって周りを見るゆとりが必要だ、ということでしょう。


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「没後50年記念 読み継がれる吉川英治文学」

野間記念館にて 3月4日まで

北九州市立文学館にて 4月21日から

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2012年2月13日 (月)

ステルスじゃないマーケティング

現在、野間記念館で「没後50年記念 読み継がれる吉川英治文学」展が開催されています。

会期中はPRのため、毎日ブログを更新するつもりでしたが、バタバタしているうちに、気が付けば会期も半ばを過ぎ、残り3週間になってしまいました(3月4日まで)。

これはいかんということで、泥縄的ですが、以後できるだけ毎日、会期終了までPRのための更新を続けていこうと思います。

さて、この展覧会ですが、「広がりゆく吉川文学」「吉川英治の世界」「吉川英治のことば」の三部構成になっています。

この基本構成は、実を言えば、2001年に日本橋三越および仙台文学館で行なった「吉川英治展――武蔵からバガボンドへ――」と似たものになっています。
何しろ、展示プランを作成したのが同じ人間(つまり私)ですから、同じ様なものになってしまったわけですが、異なる点もあります。

それは、会場の制約ということがアイデアの端緒になりました。
というのも、野間記念館は基本的には日本の近代美術を集めた野間コレクションの展示を主目的としている美術館なので、文学展で多用される平台のショーケースの数が少ないのです。
逆に、通常は壁面の展示が中心なので、掛け軸などを展示するための特殊なショーケースを備えています。

一般的な文学展では、初版本や原稿、執筆ノートや文房具などの小物、そういうものを平台のケースに入れて展示しますが、それが難しい。
ならばいっそ、掛け軸や額を大量に出品しよう、と考えました。

もちろん、吉川英治は書家でも画家でもありませんから、遺墨類をそれそのものとして鑑賞のために展示するのは、少し違う感じがします。
吉川英治本人も、「やめてくれよ」と言うでしょう。

そこで、「吉川英治のことば」という切り口で、資料を取捨選択することにしました。

昨年来、日本人は大きな災いの渦中にいます。

翻って考えてみると、吉川英治は日清戦争の直前に生まれ、日露戦争、第一次大戦、関東大震災、世界恐慌、第二次大戦と、災いの連続の時代に生きた人物です。
そんな時代を生きた吉川英治のことばには、今の我々にも通じる、時代を越えて心に響く、何かがあるはずです。

そんな思いで、資料を選んでみました。

どんな≪ことば≫を選んだかは、明日以降、その一部をご紹介したいと思います。

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2012年2月12日 (日)

ようやく開花

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先週の7日あたりから、ようやく梅が咲き始めました。

この梅は草思堂庭園の中では一番最初に咲く寒紅梅で、早い年には年が明ける前に咲いてしまうほどの早咲きの梅です。
1月10日~15日頃に咲き始めるのが普通なので、1ヶ月近く遅かったことになります。

この分だと、吉野梅郷全体としては、やはり3月下旬が見頃になるのではないでしょうか。

そんな折ですが、草思堂庭園の花は梅だけではない、ということで、展示室ロビーにてミニ企画展「草思堂の花々」を開催しています(4月8日まで)。

梅の時期の後も、6月頃まではたくさんの山野草や花木が花を咲かせます。
数は減りますが、秋冬も花は絶えません。

ぜひご覧いただければと思います。

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2012年2月 4日 (土)

入込客数調査

現在、3ヶ月毎に、東京都の委託を受けた調査会社から≪東京都観光客数等実態調査(入込客数調査)≫というものの調査票が送られてきます。
要するに入館者数についてのアンケート調査です。

同様な調査票は青梅市役所商工観光課からも、こちらは年単位で、送られてきます。

青梅市のものと東京都のもので異なる点は、東京都の方は入館者のうち外国人が何人含まれているかについての調査もあることです。

いつも、これに疑問を感じます。
というか、悩みます。

だって、≪外国人≫って何?

国も東京都も≪外国人観光客≫の誘致に熱心ですから、これは海外から観光にやって来た人、すなわち「外国籍の人」という意味での≪外国人≫でしょう。

しかし、見た目が非東洋系でも、その人が外国籍とは限りません。日本国籍を取得している人かもしれません。
日本国籍が無くても、長く日本に居住している人は、いわゆる≪外国人観光客≫とは言い難い。

東洋系の人は、言葉を話せば、一応は中国とか韓国とか、判断できますが、話している言葉が国籍と一致するわけでもありません。
見た目は完全に日本人だと思って話しかけたら、日系のアメリカ人で英語しか話せない、なんてことも時々あります。
生まれも育ちも日本だけれども、今は外国に住み、その国の国籍を取っている、という人は、≪外国人≫ですよねぇ。

旅館やホテルなら宿帳とか宿泊カードを書く際にパスポートの提示を求めるということがありうるかもしれませんが、ミュージアム施設の券売所でそんなことはしませんしね。

まあ、四半世紀前に中華人民共和国に行った際には、外国人は別料金という施設がままありましたが、日本ではそういう料金設定はありませんし。

そんなわけで、≪外国人観光客≫は確かに存在しているのだけれど、誰をそうだと判断すべきなのかが、私にはピンとこないのです。

なので、「不明」と書いたり、空欄のままにしたりと、調査する側にとっては、あまり参考にならないことしか書けません。

こうした調査をベースに観光に関する施策を練っていこうというのは、必要なことだとは思うのですが、どうも協力し難いのです。

空港とかホテル・旅館で直接、≪外国人観光客≫からアンケートを取ったらいいんじゃないの、いつも思ってしまうのです。

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