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2012年6月16日 (土)

小説の意義

昨夜、青梅市民会館で吉川英治没後50年記念講演会が開催されました。
実質的に青梅市の主催で、講師は第一部は当館館長の吉川英明、第二部は北方謙三さんでした。

北方さんのお話の中で、印象に残った興味深いエピソードがありました。

今までに、小説は無力だ、と感じたことが2回あったというのです。

一度目は西アフリカを旅行した時のこと。
最貧国に数えられる某国を訪ねた際、自動車を借りて走らせていると、路傍に放置されている餓死死体を見つけた。
それを見ていると、腹だけがポコンと膨れた、飢えた子供たちが集まってきた。
その姿に、この子供たちの飢餓に対して小説など無力だ、と衝撃を受けた。
そんな思いを引きずったまま、隣国に移動し、とあるホテルに滞在することになり、そこのフロントの若い女性と仲良くなった。
ある日、ホテルの前のベンチに腰掛けて、物思いにふけっていると、隣のベンチにそのフロントの女性がやって来た。
すると、そこに彼女と親しいらしい若い女性がやって来た。
彼女たちの話す言語がわからないので、話している内容はさっぱりわからなかった。
しばらくすると急に静かになったので、ふと目をやると、後からやって来た女性が天を仰いで号泣している。
実は、文字の読めないその女性に対して、フロントの女性が小説を読み聞かせてやっていたのだった。
そして、その作品に感動して涙もぬぐわずに泣いていたのだ。
その姿を見て、小説は飢餓には無力だが、こうして人の心を動かすことが出来るのなら、小説にも確かに意味がある、と思い直した。

二度目は昨年の東日本大震災。
巨大な堤防を設置し、防災の見本地区と思われていた田老地区は、この震災による津波で壊滅的な被害を受けてしまった。
そこに住む男性から、手紙が届いた。
そこには、津波で何もかも失ったが、次第に食料を得られるようになり、住む場所も出来、どうにか落着いてきた。
そんな時に、高台にあって被害を受けなかった学校に行き、そこで北方「水滸伝」を見つけた。
もともとその作品のファンだったので、全巻をむさぼるように一気に読んだ。
そんなことが書かれた手紙は、「この作品を書いてくれてありがとう」という言葉で結ばれていた。
震災の被害に対する小説の無力さを感じていたけれども、この言葉に接して、むしろ「読んでくれてありがとう」と思った。

この二つのエピソードに対し、関東大震災の被災者でもある吉川英治が、他の被災者と接するうちに「文学の業の意義深き」を感じて、作家の道を目指したという話との共通性を感じました。

来場者の中には、吉川英治とはかけ離れた内容の講演と感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、こういう方向から見ると、ちゃんと吉川英治に対するオマージュになっていた(無意識的にとは思いますが)のだなあと、私には感じられました。

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