« 京都(1) | トップページ | プラムポックスウィルス »

2012年7月 5日 (木)

文学展

昨日、7月1日まで開催されていた北九州市立文学館での吉川英治没後50年展の資料の返却を受けました。

同じ7月1日まで、当館では『吉川英治没後50年と吉川英治記念館35年の歩み』という企画展示を行なっていました。
その展示物の中に、昭和43年9月27日~10月2日に小倉の井筒屋で開催された「日本人の心の文学 吉川英治展」のポスターがありました。

せっかく北九州から返却に来るのだから、このポスターを見せてあげようと思い、企画展は終了していましたが、そのまま展示しておきました。

さて、そのポスターを見た北九州市立文学館の担当者が、「昔も今もやっていることが同じですね」と言って笑っていました。

それというのも、当時のポスターによると、小倉・井筒屋では、オープニングの9月27日に川口松太郎と升田幸三の講演と東映映画「巌流島の決闘」の上映会が開催されることになっているのです。

そして、今回の北九州市立文学館の方も、オープニングの際に吉川英明が講演し、さらに後日、指方恭一郎さんの講演と大倉隆二さん(元熊本県立美術館副館長)、明石善之助さん(作家、「午前」同人)らによる講座が開かれ、「巌流島の決闘」の上映会の行なわれたのです。

さらに、北九州の担当者が気づいたかどうかわかりませんが、ポスターには展示内容の概要が列挙されていて、その中に≪書斎再現≫が含まれているのですが、実は今回も北九州側からのご要望で≪書斎再現≫をやっているのです。

確かにやっていることが同じです(苦笑)

しかし、これは逆に言えば、45年前には≪文学展≫の展示のあり方や、それを軸にしたイベントのあり方が、既に確立されていた、ということです。

それに、美術館における絵画展だって、現代美術の場合を別にすれば、百年一日で、やってることは同じなわけで。

ただ、絵画そのものを見せることが目的の絵画展と、展示することが出来ない≪文学≫を扱う文学展では、展示の趣旨が違います。
実物資料の展示の向こう側に≪文学≫を感じさせる、作家の人間性を滲み出させる、そういう展示のためには何をどうすればいいかは、まだ模索されてしかるべきもののように思えます。

と言いつつ、私にはありきたりな文学展しか思いつけないのですが。

|

« 京都(1) | トップページ | プラムポックスウィルス »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 京都(1) | トップページ | プラムポックスウィルス »