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2012年7月 4日 (水)

京都(1)

次にご紹介するのは、これ。

京都も作品数が多いので避けていたのですが、まあいいでしょう。

「吉野太夫」

六条柳町の扇屋の二代目吉野太夫は名妓として知られているが、いまは特に鷹ヶ峯の常照寺の総門を一人で寄進するというので、すっかり時の人となっている。
その吉野の実父である松田武右衛門は、鍛冶屋の駿河介を仲介として借金をしており、その返済に困っていた。
世間では総門寄進の吉野太夫の父となれば、いつでも金の工面は出来るものと見ていたが、実際には生活苦から娘を売ったに過ぎず、その暮らしは相変わらず苦しいものだった。
駿河介から借金の返済を強く求められた武右衛門は十日の猶予を願うが、結局十日後になっても、金の工面はつかなかった。
ところが、駿河介の代理で返済を求めに来た駿河介の弟子の時安は、武右衛門にこう告げた。
借金は私が奉公の間に貯めたお金で返済しておいた、その代りに吉野太夫への紹介状を書いてもらえないだろうか、と。
さて、当の吉野だが、いま苦悩の中にあった。
七分通り完成している総門の建築費が底をついてしまい、あと千両必要なのだ。
その千両を求める相手は、彼女を身請けしたいと申し出ている近衛応山か灰屋三郎兵衛かとまでは心を決めているものの、決断を下しかねていた。
そこへ、吉野に会いたいと武右衛門の紹介状を持って時安がやってくる。
店の者に足蹴にされながらも、必死に面会を請う時安の姿に、吉野はつい彼を部屋に通すことにする。
虚像に過ぎぬ≪吉野太夫≫としての自分に、これほどまでに思いを寄せてくれる者がある、ということに心動かされた吉野は、密かに恋慕の心を抱いている三郎兵衛へ手紙を書く。
それからしばらく後、身請けされ三郎兵衛と暮らす吉野の姿があった。
とは言え、灰屋の一族からは結婚を反対され、灰屋の家には入れぬまま、市中に家を求めての暮らしであった。
しかし、吉野の真心が通じ、灰屋の一族から正式に三郎兵衛の妻と認められることになった。
その同じ日、三郎兵衛と暮らす家の近くで、一人の男の溺死体が揚がった事を吉野は知る。
それは両替屋に盗みに入った挙句、逃げ切れなくなって川に飛び込んだ時安であった。

初出は昭和12年1月20日発行の『週刊朝日 新春読物号』。
最新の単行本は「吉川英治時代小説傑作選 吉野太夫・雲霧閻魔帳」(学研M文庫 2002年12月16日)になります。

この作品は山本富士子が舞台で繰り返し演じていますが、昭和45年に放送されたテレビドラマでも、やはり山本富士子が吉野を演じています。

ある時代の日本における美人の象徴だった方ですから、はまり役と言えばはまり役ということになります。

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