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2012年7月 2日 (月)

岡山(1)

続いてはこの作品。

「玉堂琴士」

備前岡山藩の支藩・鴨方藩の藩士・浦上兵右衛門は、文人画家浦上玉堂としても知られる。また、琴を愛したことから玉堂琴士とも名乗った。
今は役職から引退している兵右衛門と、その長子の紀一郎を悩ませる問題があった。
娘のお之(ゆき)が、不義密通の末、私生児を生んだのだ。
今は表沙汰にならぬようにしているが、藩主にまで事が知れてしまえば、家名断絶は避けられない。
兵右衛門を慕う藩士たちは心配し、身内からは事が知れる前にお之を斬れと迫られるが、兵右衛門は「わしの家、わしの娘じゃ」と動じない。
その姿に、紀一郎は自分が家を守らねばと、姉を斬ろうとするが、その行方がわからない。
探しあぐねて帰宅すると、そこには旅装をした兵右衛門がいた。
家名を捨てての脱藩であった。
兵右衛門は琴を、紀一郎は先祖と母の位牌を、その他には牛の背にお之の子を入れた籠とつづらが結わいつけられているだけのわずかな荷物で脱藩してゆく一行。
彼らが国境にたどり着いた時、待ち受ける数人の武士の姿があった。
紀一郎は追っ手かと緊張するが、武士たちは兵右衛門を慕う者たちの尽力で藩主が寛大な措置を取ったことを告げ、餞別だと言って一人の男の身柄を彼らに預ける。
立ち去ろうとする武士たちを呼び止めた兵右衛門が名残に奏でる琴と詩に涙する男。
その男の前に、つづらの中に潜んでいたお之が姿を現す。

初出は『オール読物』昭和9年1月号。
単行本の最新のものは「吉川英治全集47 短編集1」(昭和58年10月 講談社)ですが、平成4年6月発行の『オール読物増刊 名作時代小説30選』にも収録されています。

浦上玉堂は実在の人物で、確かに50歳の時に鴨方藩を脱藩し、以後、流浪の生活を送っています。

ただ、作品の末尾に「作者附言」という一文を加えていて、そこで「玉堂研究家諸氏の指摘あらんかと思って」として、これは小説として書いたものだと述べています。
特に、作品の冒頭に司馬江漢が浦上玉堂を訪ねてくる場面があることから、玉堂の脱藩と江漢の西遊の年次が合わないことは知った上で書いていることを強調しています。

小説としての効果を優先し、時代考証は敢えて無視しているので、そこは受け流してくれ、ということでしょう。

当時よりは時代考証に対する知識も意識も向上している現代の読者は、このあたり、どう感じるのでしょうかね。

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