« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月24日 (水)

吉川英治流・歴史時代作家の心得

作家というのは、何かをテーマに作品を書く時には、関係のある土地に取材旅行に行き、古書店などで関係図書を買い漁る、というイメージがあります。

しかし、吉川英治は、それを必ずしも是とはしていなかったようです。

大衆的な作品を書くといふ用意についてみても、一概にも言へないが、多くの新人は、同じく勉強といつても、長い無駄、準備を、してゐない。例へば濱本浩君なんかは非常に熱心で、さし当つてかういふ事を書こうと思へば、庄内へ旅行して調べたとか、何処へ出ていつて調査したとかいふが、その誠意は結構だが、今書くものを今使ふので調べる、のでは本当には書けないものだ。書物をよむにしても、参考書をよむにしても、今書く為めにいろいろとひつぱり出してゐるのでは、どうしても生硬で、自分のものにはなり切らない時が多い。やはり十年十五年と無駄をしてみて、はじめて分ることだが、それが結局に於ては無駄にならない。

これは『文芸通信』昭和10年3月号に掲載された「新人への希望」という文章(単行本未収録)の一部ですが、同じことを「大衆文学随想」(初出は『現代』昭和11年7月号 「草思堂随筆」に収録)という 随筆の一項「作家たらんとする人に」でも書いています。

(略)僕はよく本を読むといわれるが、しかし新たにする仕事のすぐ役に立てるために本を読まない。(略)今読んで今それを役立てているようなあわただしいことでは、実際において間に合うものではない。(略)自分が目的もなく、興味で読んだものは、何年か経っているうちに、それは一体本から得た知識だか、自分に生まれながら持っている知識だか分らなくなる。そうなってから蚕のように手繰ると糸になって出て来る。そこに価値があるのだ。(略)それから例えば、ある小説を依頼されたという場合に、それを書くため、それを調べるため急に旅行するという人がある。あれなんか僕は凡そ意味はないと思う。何故かというに、長崎なら長崎を書く場合には、長崎を実際に知らなくても、長崎についてはあらゆる文献がある。(略)あらゆる長崎の歴史を坐っていて幻想することが出来る。その幻想を捨てて、自分が実際に長崎に行って、長崎に現存した文化の中へ没入したら却って分らなくなる。

目的を決めずに読書し、勉強せよ、そうすれば何かきっかけを得た時に、その中から創作の芽となる幻想が生れてくる、それを大事にせよ、現実に縛られることはない、というようなことになるでしょうか。

吉川英治は晩年、懸賞小説入選を機に吉川英治に師事することを希望した杉本苑子に対して、10年間は商業誌に発表することはせずに勉強に専念しなさいという指導をしていますが、その背景にあるのは、こうした考えだったのでしょう。

| | コメント (0)

2012年10月23日 (火)

写真展延長

第15回吉川英治記念館写真コンテスト入賞作品展は、予定では去る21日で終了としていました。

これは、毎年この時期に行なわれるアートプログラム青梅との会期の重複を避けるためだったのですが、結局は2日だけですが、重複することになってしまいました。
重複しなければ企画展示室に展示するつもりでしたが、そちらをアートプログラム青梅で使用することになったので、展示室ロビーに写真を展示しました。

この状態であれば、アートプログラムの展示とは独立した状態で展示できますから、会期を延ばしても支障はありません。

ということで、28日まで会期を延長します。

| | コメント (0)

2012年10月20日 (土)

アートプログラム青梅2012

本日からアートプログラム青梅2012「存在を超えて」が始まります。

毎年会場を提供しているアートイベントですが、今回は内田あぐり(企画展示室)、サクサベウシオ(庭園)、間島秀徳(母屋)の三者が当館内で展示を行なっています。

ちなみに、サクサベさんの作品は、11時15分現在、まだ完成しておらず、事実上の公開製作となっています。
多分、昼過ぎまでかかりますから、今ご来館になれば、製作現場が見られます(笑)

内田あぐりさんは、当館での展示は2度目ですが、今回、ちょっとした“吉川英治”とのコラボ作品が展示されています。
吉川英治の作品が掲載された雑誌や吉川作品の単行本で、表紙や中身に人物を描いたものと、内田さんのデッサンやドローイングを組み合わせた作品です。

興味のある方は、ぜひお運び下さい。

会期は10月20日~11月25日です。

| | コメント (0)

2012年10月18日 (木)

神奈川(3)

しばらく前に、ブログのコメント欄に

松竹映画の「悲恋華」(1950)が吉川先生の原作だそうですが、原作の題名が何というかお分かりでしょうか

との書き込みがありました。

調べたところ、この「悲恋華」という映画の原作は「悲母観音」という作品です。

映画は観ていないのですが、せっかくなので、小説の方をご紹介してみます。

「悲母観音」

時は幕末、上野の戦争の起こる前の年のこと。
盗賊・鶯の伊三は、ドジを踏んで逃げ場のない袋小路に追い詰められてしまった。
運の尽きと覚悟を決めたが、結局命が惜しくなり、袋小路の先にある、お徒士組の深田俊作邸に入り込み、命乞いをする。
俊作の妻・お静は、哀れに思い、伊三を匿う。
おかげで町方をやり過ごした伊三は、お静に礼を述べて立ち去る。
そこへ、寄合いに出ていて不在であった俊作が帰宅する。
そして俊作が見つけたのは、伊三がうっかり落としていった紙入れであった。
お静は先程逃げ込んできた町人を匿ったことを告げるが、この紙入れは町人風情が持つものとは違う、と激昂した俊作は、お静が不義を働いたものと決め付け、まだ、産後20日にもならないお静から赤子を取り上げ、家から追い出してしまう。
やがて、明治の世、西南戦争も4、5年前の話となった頃、深田俊作を名乗る男が横浜の南京街裏で馬車屋の親方をしていた。
ある日、追剥ぎを働いた少年を捕まえた彼は、父親が病気のためつい出来心でやってしまった、という少年を見逃してやる。
その際、少年が落とした雑記帳には「士族深田俊作 長男深田清太郎」と書かれていた。
それを見て、少年の家に駆けつけた親方は、自分はかつてお静に匿われた伊三であること、俊作に追い出されたお静を探し出していままで養ってきたこと、深田俊作の名を名乗っていたのはそうすればいずれ耳に届いて俊作と出会うことが出来るのではないかと考えたからだということなどを、俊作に語る。
長い時を経てお静への誤解を解いた俊作とお静の再会を叶えた伊三は、かつての罪を自首し、俊作が看守を勤める横浜の監獄で模範囚として長く過した。

初出は『オール読物』昭和15年4月号。
また、『小説世界』昭和23年12月号に「町の鶯」と改題されて、掲載されたこともあります。
収録図書で一番新しいものは「吉川英治文庫132 柳生月影抄(短編集8)」(講談社 昭和51年)です。

作中で深田清太郎の雑記帳を見て驚く場面がありますが、そこに書かれていたのはその父の名と、あらすじでは略しましたが住所でした。
「神奈川県久良岐郡西戸部村字蓮池」というその住所は、吉川英治自身が家の零落のため移り住んだ場所でもあります。
吉川英治の自叙伝「忘れ残りの記」によれば、元は戸部にあった監獄の官舎(この作品ではちょうどその時代を描いている)でしたが、吉川家が移り住んだ明治40年頃には、貧民街となっていました。

吉川英治が描く横浜には、そうした自身の体験が、どこかに少し出てきてしまうようです。

| | コメント (0)

2012年10月17日 (水)

追加募集

11月10日に開催する「夢枕獏さんを囲むひととき」ですが、当初告知した応募締切りは昨10月16日でしたが、定員にまだ余裕があります。

そこで追加募集を行ないます。
定員に達するまで応募を受け付けますので、ご興味のある方はこちらをご覧の上、ご応募下さい。

お待ちしています。

(リンク先の締切りの日付は、まだ10月16日になっていますが、後程訂正します)。

| | コメント (0)

2012年10月16日 (火)

他館での展覧会

どちらも当館から資料を提供しているわけではないのですが、吉川英治に関わりのある展覧会の案内が届いたので、ご紹介します。

「小村雪岱 江戸の残り香」

佐野美術館

10月6日~11月25日

小村雪岱については、以前にここでも触れた事がありますが、吉川英治の連載挿絵を担当した作品数が最も多い画家です。

今回は吉川英治の「遊戯菩薩」(初出『サンデー毎日』昭和10年6月2日号~9月29日号)の挿絵原画が出品されています。

「時空をかける 三国志」

国立国会図書館関西館

10月18日~11月20日

小展示ですが、チラシの展示品の中に吉川「三国志」が含まれていたので、取り上げてみました。

実は、3週間ほど前に、関西に行く機会があったので、国会図書館関西館に足を運んでみたのですが、東京の本館に比べて、閑散としていたので、少しでも利用者が増えればと思い、紹介してみました。
私は、国会図書館が好きなので(笑)

| | コメント (0)

2012年10月10日 (水)

人間の習性

ただのヒマネタですが。

人間というのは不思議だなぁ、といつも思う光景があります。

当館のミュージアムショップでは絵葉書を販売しています。
以前はセット売りのみでしたが、最近はバラ売りもしています。

バラ売りを始める際に、どのようにディスプレイしようかと考えた結果、木製のレターラックを購入しました。
こんな感じのものです。

_1

1区画に1種類ずつ絵葉書が入っています。

さて、このレターラック、とても品が良いのですが、市販のものなので、商品ディスプレイとしては、絵葉書の絵柄が見難いという欠点があります。

そのため、お客様は絵葉書を手に取って、ラックから取り出して絵柄を確認することになります。

不思議なのはここからです。

一番手前の区画にある絵葉書を手に取ったお客様が、それをラックに戻す時に、なぜか手前から二番目の区画に戻されるのです。

こんな感じに。

_2

その際の心の動きを想像してみるに、「ああ、これは絵葉書なのね、買わないから元に戻さなくちゃ、えーと、手前の区画は空っぽだから、その後ろの区画に入れて……」というところでしょう。

自分がそこから絵葉書を抜き取ったから手前の区画が空になったのだ、とは、なぜか考えないようなのです。
しかも、それが稀な出来事ではなくて、半数以上の方がそのように行動されるのです。

人間、あまり身の回りに気を配ってはいないものなのですね。

テレビのワイドショーなどで、大きな事件の後、その周辺で目撃証言を集めて放送したりしますが、後に犯人が捕まってみると、てんで見当違いということがしばしば見られます。

レターラックの入れ間違いが発生しているのを見る度に、さもありなんという気がしてしまいます。

| | コメント (0)

2012年10月 6日 (土)

写真コンテスト入賞作品展

本日から第15回吉川英治記念館写真コンテスト入賞作品展を開催しています。

今年の入賞作品=金・銀・銅賞各1点、佳作3点、入選23点の合計29点の作品を展示しています。

ご興味のある方はぜひお運び下さい。

入賞作品の一覧はこちら

また、上位入賞の6作品はこちらでもご覧いただけますが、入選の23点についてはサイトにはアップしていません。

なお、会期は10月21日(日)までです。

| | コメント (3)

2012年10月 3日 (水)

新井洞巌展

忙しかったり、その反動で虚脱したりしているうちに、更新しないまま1ヶ月経ってしまいました。

その間に、下記の展覧会が始まりました。

新井洞巌展

中之条町歴史と民俗の博物館

10月1日(月)~11月30日(金)

新井洞巌は慶応2年(1866)生れの南画家。
今回展覧会を行なう中之条町の隣の東吾妻町の出身です。
昭和23年(1948)没。

明治25年(1892)生れの吉川英治とは年齢が離れていますが、親交がありました。
以前ご紹介したこの逸話にも登場しています。
また、こうした形でもご紹介したことがあります。

後者で触れている「霜柯翡翠図」と「山居深趣図」の2本の掛け軸を、この展覧会に貸し出しています。
会期の前半(~10月31日)と後半(11月2日~)で展示替えがあり、前半に「霜柯翡翠図」を、後半に「山居深趣図」を展示することになっています。

ご興味のある方は是非、お運び下さい。


| | コメント (0)

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »