« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »

2012年12月31日 (月)

没後50年最後の日

年末年始の休刊中ですが、突然の更新です。

今年は、吉川英治の没後50年でした。

現行法においては、作者の死後50年で、著作権の保護期間が終わります。
具体的には、没後50年目の12月31日をもって、保護期間が終了します。

つまり、本日をもって作家・吉川英治の著作権保護期間が終了する、というわけです。

既に、来年になったら吉川英治の作品を単行本として刊行したいという出版社も現われています。
おそらく“青空文庫”などでも、作品の公開準備をしているんじゃないかと思います。

ちなみに、一部の作品の著作権は吉川家から当館(厳密には当財団)に譲渡されていますので、来年からはその著作権料収入がなくなるということでもあります。
ものすごい金額ではないものの、ちょっとツラいところです。

ただ、吉川英治の作品が多くの出版社から続々と刊行されるというようなことになれば、それが一種の宣伝となって、当館に興味を持ってくださる方が増えるかもしれません。
そうなってくれるとありがたいのですが。

それと、これは営利企業である出版社には望めませんが、青空文庫なんかには、以前刊行された「吉川英治全集」や「吉川英治文庫」には収録されていたけれど、現在の「吉川英治歴史時代文庫」には含まれていない作品であるとか、戦前に刊行されたものの、戦後には活字化されなかった作品などを公表してもらえると、吉川英治に対する見方・受け止め方が少し変るんじゃないか、そのことが吉川英治への関心を高めてくれるのではないか、という期待も持っています。

どうでしょう?

いずれにせよ、今日は、大きな節目の日です。
それが良い節目になればと、心から願っています。

では皆さん良いお年を。

| | コメント (0)

2012年12月22日 (土)

年末年始休館のお知らせ

当館は、例年通り、12月25日~1月5日まで、年末年始の休館とさせていただきます。

よろしくお願いいたします。

ちなみに、1月6日は日曜日なので開館、そして翌7日は月曜日なので休館です。
なんだか長く休んだ後に1日開館して、またすぐ定休日というのもなんなのですが、悪いのはカレンダーなので、どうぞご容赦下さい(笑)

では、良いお年をお迎え下さい。

| | コメント (0)

2012年12月21日 (金)

ロゴマーク

そう言えば、昨日触れた現代美術の展覧会で面白い作品がありました。

「読めない本・新たな文字」にも「バベルの図書館」にも出品されていた徐冰というアーティストの作品です。

アルファベットを、漢字に見えるように組み合わせて表記するという作品で、特に、「バベルの図書館」で展示されていた「您貴姓?」という作品は、観覧者がキーボードで自分の名前をアルファベットで打ち込むと、それを組み合わせて漢字風の“新しい文字”にしてプリントアウトしてくれるというものでした。

面白かったので、自分の名前以外に、当館の職員の名前も全員分プリントアウトして、翌日、皆に配ったのですが、あれから14年、職員の皆さんはまだ持っているのでしょうか(笑)

今年11月1日に文京区に森鷗外記念館がオープンしました。

開館記念展のポスターが送られてきたので、館内に掲示しているのですが、そこに印刷された森鷗外記念館のロゴを見て、徐冰の作品を思い出したという次第。
もちろん、“新しい文字”を作っている徐冰と、「鷗外」という文字をつくっているこのロゴとでは、まったくの別物なわけですが。

どんなロゴかは上記のリンク先で見てみてください。

それにしても、「外」の字の右側のヒゲの分だけ、アルファベットが足りていないのが惜しいところです。

そう言えば、全国文学館協議会資料情報部会の際に、森鷗外記念館の山崎一穎館長とお話していたら、開館以来の入館者が7000人になったとおっしゃっておられましたが、今サイトを見ると、1万人に到達したようです。
開館から2ヶ月足らずでこの数字というのは、文学館としては出足好調というところでしょう。

山崎館長は、来年もこのペースを保てるかどうかが問題だとおっしゃっておられましたが、確かにそれが問題です。

しかし、それはそれとして、1万人突破、おめでとうございます。

| | コメント (0)

2012年12月20日 (木)

ことばを展示する

もう半月以上経ちますが、11月30日に開催された全国文学館協議会資料情報部会に出席してきました。
今回会場となったのは静岡県三島市にある大岡信ことば館でした。

さて、以前こんなことを書きましたが、ある時期、「文学館は文学が展示できない」「文学館に展示しているものは文学そのものではない」という事柄が頭を離れなかったことがあります。
結局、上記のリンク先で最後に書いたように、展示するものは作家の人間性であって構わないし、それを観た方々が自分の人生を振り返る足がかりになればいい、というところに、私の考える文学館の展示の意義というものは落着いたわけですが、それでもなお、展示で表現できることはもっとあるんじゃないかとの思いはありました。

そこで、そのヒントを求めて現代美術の展覧会に足を運んでいた時期があります。

いま手元に図録が残っているものとしては

「読めない本・新しい文字」(1998年3月3日~22日 三鷹市芸術文化センター)
「バベルの図書館 文字/書物/メディア」(1998年9月18日~10月25日 インターコミュニケーションセンター)
「サイモン・パタソン 言葉とイメージの遊戯室」(1998年10月3日~25日 三鷹市芸術文化センター)

があります。

なぜ、こんなことを書いているかというと、大岡信ことば館の展示を観て、ふとその頃のことを思い出したからです。

大岡信ことば館の展示は、生原稿や愛用品といった文学館では中心に据えられることの多い資料が、あまり目立ちません。
もちろん、ないわけではないのですが、そうした「大岡信の人物紹介」的な展示はごくわずかで、大部分を占めていたのは「ことば」の展示でした。
イメージしづらいでしょうが、こちらにある動画を見ていただくと、その様子がわかります。

こうした展示は、大岡信が存命の詩人であるということが、可能にしている部分が大きいように思えます。

少なくとも、小説ではこうしたことはなかなか難しいと感じます。

もちろん、ある詩をそのように展示するのが、その詩にとって最適な表現なのか、ということについては議論はあるでしょう。
しかし、それで新たな感じ方が生れてくるならば、それはそれでいいのではないかと思います。

ただ、単なる「面白い展示」で終わらないよう、何かもっと突き抜けたものが欲しい気もしました。
現代美術の作家に展示を委ねてみるのもアリかも。

そんなことを感じた展示でした。

| | コメント (0)

« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »